第2話 悪役令嬢 VS 国王
「カレン・カーマイン君。少しいいかな?」
来たわね。カリウス殿下とロギンス殿下の父親。そしてタオーバロン王国の国王ゲオルギス三世。
「はい、私も陛下へご報告しなければならないことがありまして……」
「よい、私も君に話があったのだ。ついてきたまえ」
私は騒がしい会場を離れて静かな一室に案内された。そこには誰も……いやあそこにおられるのはロギンス殿下の母君だ。でも随分と遠くにいるのね。話しには加わらないのかな?
「座りたまえ、そうかしこまる必要はない。ここには我々しかいないのだから」
「いえ、そういうわけには参りません。私は家を、国を代表しているのですから」
「そうであったな。それではさっそくであるが話をしようか」
「はい……」
陛下はじっと私を見つめてくる。どうやら私が話始めるのを待っているようだ。ここでの私の目的は二つある。一つは婚約破棄を認めさせること。これはシナリオ通りだから問題ないだろう。もう一つはロギンス殿下との婚約を陛下から提案させることだ。自分から言ったらはしたない女になっちゃうからね。さあどう話すべきか。
「実は……先程カリウス殿下から婚約破棄を言い渡されまして、渋々それを受け入れたばかりなのです」
「ほう、そうだったのか。報告では両者が納得して婚約破棄をしたのだと聞いておったのだがな」
コイツいったい何を……まさかいまさら私にも非があったとするつもりなの?とぼけた顔してやるじゃない。でも私にだって守らなくちゃならない立場というものがあるのよ。
「いいえ、そうではありません。私が会場に入るなり殿下は婚約破棄すると仰られました。そしてスラバイヤー家の御令嬢と婚約すると……」
「だが君はそれを素直に了承した。そう聞いておる」
「それは見解の相違ですわ陛下。殿下は私の知らない所でアリス様との仲を進展させていたようです。私にはどうすることもできませんでした」
しかしこの男全く表情を変えないで見つめてくる。何を考えているのか全然分からない。不気味だわ……
「私がアリス様よりも魅力がないということならば私に非があるのかもしれません……」
必殺の泣き落としよ。これならどう……イィ?! なんてポーカーフェイスなの、私の涙に動じないなんて。そうか、腐っても国王と言う事か。美人には慣れているのね。
……いや違う! これは私のせいだ。確かこの国王のデザイン担当は私だ。面倒になって表情の差分を作らなかったせいで、きっとこの顔しかできないんだわ。くっ、まさかこんなことになるなんてね。ぬかったわ。
「まあこの際、どちらに責任があるのかは置いておこう。問題はこの後どうするかだ」
「ええ、その通りです」
いやいや私の責任じゃないよ?誤魔化されないからね。
「君とカリウスの婚約は即ち王国と帝国の友好の印。これを失うわけにはいかん。君もこのまま帝国に帰るわけにはいかないだろう?」
嘗て大陸の二大国家であるタオーバロン王国とガラビー帝国は激しい戦いを繰り返していた。大きな戦いは終わったけどその後も小競り合いは続き両国は疲弊していった。戦争を続けていた二国を尻目に周辺国家は力を付けており、両国はそれを警戒して停戦を迎えることになったのだ。私とカリウス殿下の婚約はその証だった。
私は元々帝国の下級貴族の出身。けれども私の美貌の噂を耳にした皇帝の命により皇帝の養子になった。そしてすぐさま社交界にデビューするとその美貌で一躍時の人となる。そしてタオーバロン王国に売られたのだ。でも私にはそんな記憶は一切ない。だってこれ妹が考えた設定だもん。
私が本当の皇帝の娘だったらこのまま帝国に帰っても無事だったかもしれない。でも私は他国に売られるために養子になった身だ。用無しになったら切り捨てられてしまう。いや絶世の美女である私のことだ、色々と恥ずかしい目に遭わされるに違いないわ。そんなことは絶対嫌!
「はい、その通りです。手ぶらでは帰れません」
「はぁ~、どうすればいいのやら。いったいどうすれば……」
陛下がこちらをチラチラと見てくる。ハッ?! これはまさか私から切りだせと言う事なの? そうはいかないわ。……いや待てよ。これはむしろチャンスかもしれない。問題は言い方よ。言い方に気を付けるのよ。
「……つまり陛下は私にロギンス殿下と婚約しろと仰るのですか?」
「いや、そんなつもりは……だがロギンスに婚約者はいない。君の提案は考えて見る価値がありそうだ」
だあーー!! 何が私の提案よ。これしかないでしょ? このジジイいい加減にしろ!! 今私の頭の中をちゃぶ台がすっとんで行ったわよ?
「恐縮です。ですが私は陛下のお心を察したまでに過ぎませんわ」
「ふむ、そうなのかね? 君が望むならロギンスとの婚約を認めるのもやぶさかではないと思っておったのだが、そうでないのならロギンスにかわいそうな事をするわけにはいかんな」
あんたねぇ国の一大事でしょ? ロギンス殿下の気持ちを無視してでも強引にでも押し通すところでしょーが。何まともな親みたいなこと言ってんのよ! こうなったら仕方ない最後の手段よ。
「ですが私たちに残された選択肢は多くありません。ロギンス殿下か、あるいはディール殿下か」
ディール殿下は設定だけの存在だが二人の弟だ。まだ八歳と若いがあの二人の弟ならイケメンに違いない。この際身の安全を確保するためなら私はオネショタでも構わないわよ? いや、一から手ほどきするってのも悪くないわね。
……随分と迷っているようね。でも選択肢は一つしかないはずよ。ほら早くロギンスと仰いなさいよ。まだ幼いディール殿下の将来を決めたくないんでしょ? 王妃様が陛下をにらんでいるわよ。さあ、さあ!さあ!!
「……そうだな。ではロギンスを君の婚約者にすることにしよう。カレン君の希望通りにな」
「はい、いいえ陛下の御心のままに」
最後まで食えない爺さんだったわ。でも私は勝ったのよ。これで晴れてロギンス殿下の婚約者になれた。この一年の苦労がようやく報われたのね。
「さて、問題はまだ残ったままだったな」
「ええ、そうですわね」
あれ? 問題なんてあったっけ?
「今まで決めたことは我々の間でのこと。実際に外に発表するならば体裁を整えなければならぬな」
なんですって?! それじゃ今までのやり取りは何だったのよ。この狸ジジイめ。
「はい、ですが帝国向けのことはそれほど気にすることはないと思います」
「どういうことかね?」
「私が王国に来ることになったのは停戦のためですが、皇帝陛下のお考えを推察しますに、王国内にくさびを打つことができれば目的は達成したと考えている節があります」
「ふむ、続けたまえ」
「皇帝陛下はこの停戦を一時的なものと捉えています。ですから次の戦いまでの時間稼ぎができれば十分なのでしょう。私とカリウス殿下の婚約でもその目的は達成できますが、むしろロギンス殿下の方が王国内の勢力を二分できて都合がいいと考えるかも知れません」
「そこまで甘い見通しをする男ではない気もするがの」
「ですが血縁関係での支配を望む方ではありません。あくまで戦争による決着を目指しているはずです」
「うむ、その点に関しては完全に同意する。あれはそういう男じゃ」
「なればこそカリウス殿下に婚約破棄の責任を負わせる形にすれば、王国は二分されたと皇帝陛下は油断するのではないでしょうか?」
「だが君はそれでよいのか? 帝国には君の両親もいるだろうに」
「私は既に王国の女です。カリウス殿下に捨てられた私をロギンス殿下が支えてくれた。このシナリオが最善と信じます。カリウス殿下は元々人望の厚い方です。この程度のことで支持が離れるとは思えません」
「そうか、その覚悟しかと受け取った」
両親といってもあったこともない他人だ。いまさら何を躊躇することがあるというのか。
「だが君の提案は却下させてもらう」
なんですって?
「理由をお聞かせいただけますか、陛下」
「カリウスが人望の厚い男だからだ。親の欲目を抜いてもカリウスは立派な青年だ。だがそれはロギンスも同様である」
ハッ?! そうだった。二人は甲乙つけがたいほど優秀なんだ。小さな傷が致命傷になってしまう。
「カリウスとロギンスの立場が逆であったならばあるいは認めたかもしれん。だが次の国王はカリウスと決まっておる。カリウスに傷がついては本気で国が二分しかねん。頼む、カレン殿。ここは愚息のために汚名を被ってくれんか」
「陛下?!」
陛下が私に頭を下げてる……?! なんて破廉恥な!! こんなのズルすぎる。王妃様が見ているのよ? これで断るなんてできるわけないじゃない。もし断ったら……そんなこと考えたくもないわ。
「お顔をあげてください陛下。分かりました」
「おお分かってくれたか。君ならそういってくれると思っておった。私にできる事ならなんでも言ってくれ」
何を調子の良い事を。いいわ、ここは引きさがってあげる。でもあのパーティー会場には沢山の目撃者がいたのよ。人の口に戸は立てられぬってことを教えてあげるわ。
「それでは別邸を用意していただけませんか? こうなってしまっては表を堂々と歩けません。しばらくは雲隠れしようと思います」
「うむ、それがいいだろう。すぐにでも手配しよう」
「感謝いたします」
陛下はそういって逃げる様に部屋を出て行ってしまった。ああ、やられたわ。まさかあのとぼけた陛下にやられるなんて。でも終わったことをくよくよ悩んでいても仕方がない。目的は一応達成したわけだしね。早く帰って引越の準備をしなくちゃ。
「カレンさん、すこし宜しいですか?」
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