悪役令嬢に問う ~その愛、本物ですか?
犬猫パンダマン
第1話 悪役令嬢 VS 婚約者
「今日のお客様はまだかしら……」
都会の喧騒から離れた屋敷でため息をついて外を眺める。カーテンの隙間から見える景色は大自然でいっぱい。でも今日のお客様の馬車の姿はちっとも見えない。
「まだまだ時間がかかりそうね……」
ベッドにだらしなく寝ころんで目を瞑るとあの頃の記憶が蘇ってくる。
私は丁度十年前に日本からこの世界にやってきた。といっても見知らぬ場所というわけでもない。なにしろここは妹と二人で制作した乙女ゲームの世界だから。そしてゲームの主人公に転生した……のなら随分と楽だったのだけれど。私が転生したのは悪役令嬢カレン・カーマインだった。
カレンはタオーバロン王国の第一王子のカリウス殿下の婚約者で誰もが振り向く美女という設定だ。当時、悪役令嬢ものの小説を好んで読んでいた私は自分のゲームでも絶世の美女をざまぁしてやろうと意気込んでいた。それがまさか自分がざまぁされる立場になるとは思ってもいなかった。
私が転生した時には既に貴族学院の三年生になっており、ゲームの主人公アリス・スラバイヤーはカリウスルートを突き進んでいた。このままでは卒業記念パーティーの時に婚約破棄を言い渡されてしまう。でもまだ三年生の時の決定的な離別イベントはまだ消化していなかったから挽回できるかもしれない。そう思った事もあったけど、結局私は自分の理想を詰め込んだカリウス殿下を諦めて第二王子のロギンス殿下に狙いを定めた。
ロギンス殿下は妹が作ったキャラで双子の兄に劣らないイケメンだ。性格的には兄よりもおとなしいけど、その分やさしいし周りへの気配りもできる。よくよく考えて見ればカリウス殿下と結婚したらいずれは王妃になる。そんな面倒なことやってられないし、のんびり暮らしたいと思っていた当時の私にしてみればロギンス殿下の方が良物件だよね。
カリウス殿下とのことを相談するふりをして簡単に懐に入り込むことができた。といっても一応婚約者がいるから手を繋いだこともない。それでもお互いの心は通じ合っていたと思うし、私は誠実なロギンス殿下にどんどん惹かれていった。そして遂にあの日がやってきたんだ……
九年前
卒業記念パーティーの会場への扉を前にして怖気づいていた私にロギンス殿下が微笑んでくれる。殿下の笑顔を見ていると勇気が湧いてきた。女は度胸よ。カレン、しっかりしなさい。頬を軽く叩いて気合をいれると、扉を勢いよく開けて中に入った。そこには婚約者のカリウス殿下が悠然と待ち構えていた。
「カレン・カーマイン。君との婚約を破棄させてもらう!! そして同時にアリスとの婚約を発表する!!」
カリウス殿下が私を指さして宣言すると取り巻きたちから一斉に歓声を上がった。当然だ。彼らは知っていたんだから。でも私だってそれは同じこと。驚いてなんかやるもんか!
「理由をお聞かせいただけますか?」
冷静な声が会場に響くと殿下がイラついているのが分かった。こんなことで心を揺さぶられるわけにはいかない。今日のパーティーに向けて私だって準備してきたんだから。
約一年前に転生してきた私は極力イベントを起こさないようにカリウス殿下と主人公のアリスからできるだけ遠ざかって生きてきた。それも今日のためだ。
私は元々ガラビー帝国からタオーバロン王国に友好のために送られてきた。本来であれば、両国間で決まった婚約の破棄だなんて認められるはずはない。でもそこは私が作ったゲームだから、こんな茶番がまかり通ってしまう。
ここでの私の目的は二つある。一つは婚約破棄させること。これはもうOK。もう一つはその原因がカリウス殿下にあると証明すること。これはまだ第一ラウンドだ。こんなところで躓いていられない。
「アリスに対する数々の嫌がらせ、そして非道な行い。君にも心当たりがあるだろう? 元婚約者として君を止めることができなかったのは私にも非がある。自らの罪を認めてどこへなりとも去るがいい。」
「殿下……」
アリス……カリウス殿下の腕に寄り添ったか。中々うまい演出ね。殿下、私はもう平気ですからとでも言いたそうに健気な顔をしているわ。くっ、さすが私がなるはずだった主人公ね。かわいいじゃないの。いいわ、その男はあなたにあげるわ。その代わり、私は真実の愛をつかみ取るんだから。
「嫌がらせですか? はて何のことでしょうか?」
実の所心当たりはあった。でもそれは二年生の時までのイベントのことで私自身の記憶ではない。それに実際にこの世界で行われたかなんてわからないんだ。
「ふん、しらを切るつもりか。カレン、君はアリスの編入当初から嫌がらせを繰り返してきたと聞いているぞ。わざとぶつかったり、アリスのパーティー衣装に紅茶をかけたこともあったとな。それにも関わらず君と打ち解けようとしたやさしいアリスを邪険にした」
好きに言ってくれるじゃない。ちょっとくじけそうだわ。そういえば妹に完璧よりも欠点があるほうが親近感が沸くと言われて、少し短気な性格にしたんだっけ。まさかこうして自分に返ってくるとはね。
「確かに私はアリス様に対して殿下の仰るようなことを致しました。その件につきましては非は私にあることは間違いありません」
「うむ、それだけか?」
「それだけですが何か?」
「くっ、悪びれもしないとは見下げ果てた奴だ」
「ならば私も言わせていただきましょう。王都に来たばかりのアリス様はおつらかったことでしょう。しかしそれは私とて同じこと。元々敵国であった帝国からやってきた私には頼れる方は婚約者であるカリウス殿下しかいませんでした。ですが殿下は婚約者を放って楽しくやっておられたようで……。アリス様、改めてお詫びさせていただきます。申し訳ありませんでした」
私が頭を下げると会場にどよめきが起こった。それはそうだろう。あの高慢ちきな私が謝罪するなんて思っても見なかったはずだ。あらっ? 私を非難していた殿方たちが頬を染めていらっしゃる。ふふっ、私の美しい所作を見ればそれも仕方のない事。苦労して礼法を学んだ甲斐があったわ。
「君がそのつもりならそれもいいだろう。君の名誉のために口止めしていたが仕方ない。ならば言わせてもらおう。君は先日アリスを階段から突き落としただろう。大怪我、いや下手をすれば死んでいたかもしれないんだぞ! 何人かの生徒がそれを見たと言ってる。これは既に嫌がらせの域を超えている! 殺人未遂ではないか!」
キタ!これを待っていたんだ。私に対して怒号が飛び交っている。カリウス殿下は怒りながらも満足そうだ。でも大丈夫、私のターンはここからだぜ。
「……階段から突き落としたということにつきましては、はっきりと否定させていただきます」
「何をとぼけたことを。他の生徒たちが見ていたんだぞ!」
「私がその場にいたことは事実ですが、階段から落ちてきたアリス様を支えるために近寄ったまでのこと。殿下に報告したという方はいったい何を見ていらっしゃったのでしょうか?」
ふふ、何人かの生徒がうつむいているわ。そう、私は確かにあの場にいた。二人に近づく予定はなかったけれど、アリスを階段から突き落とすのは物語のクライマックス。どうしても気になってしまった私は現場にふらふらといってしまったんだ。そしてアリスが階段を踏み外したところを私が救ったのだ。私とアリスの仲を知っていた人たちは、それをみて勘違いしたのだろう。
あの時、私はこれ幸いとアリスにこれまでの事を謝罪し、アリスもそれを受け入れてくれた。そして殿下から身を引いてアリスの事を応援してるって伝えたの。アリスは「この事を殿下にお伝えすれば」なんて言っていたけどもう今更無理。私の事を肯定的に受け取ってくれるはずがないもの。「この事を話しても余計にこじれるだけだわ」って諭したら納得してくれたわ。
やっぱり仲良くなるには共通の秘密を持つことよね。それに一年近く何もしてなかったのも良かった。さすがは私がなるはずだった主人公、なんて器の大きさなのアリス。
「なん……だと……?」
アリスはやっぱりカリウス殿下に伝えなかったのね。知らぬは愚かな殿下のみ。ざまぁ、カリウスざまぁ。
「アリス! 本当なのか?」
「申し訳ありません。殿下にご心配をかけたくなかったのです……」
「カリウス殿下、アリス様のお気持ちをお察しください。そしてとても健気で素敵な方……」
あらら、二人は私をそっちのけでいい感じになっちゃってるわ。アホらしくなってきちゃった。とっとと終わらせよう。
「さて婚約破棄の話でしたね。カリウス殿下のお気持ちは分かりました。どうやら私には受け入れる選択肢しかないようです。どうぞお幸せに」
カリウス殿下よさらば、我堂々と退場す。
会場内ではまだざわめいているみたいね。それに歓声が上がっている。どうやら会場は二人の婚約記念パーティーに移行したようだ。でも私にはもう関係ない。私にとってはむしろこれからが本番なんだから気合を入れ直さなくちゃ。
「カレン・カーマイン君。少しいいかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます