夜中に起きる理由
寺澤ななお
夜中に起きる理由
背伸びをして机から立ち上がり、ダウンジャケットを着込む。外に出て吐く息は鮮明に白い。
2月の23時。日課となった散歩に出かける。駅から離れた住宅街はとても静かだ。そして、星がやけにきれいだ。
何となく、もう少し歩いていたくて、いつものルートを逸れる。すると少し奥に、ぼやっとした光が見える。
公園だ。正確に言えば、公園に併設されたバスケットコートがライトで照らされていた。
ゴールが1箇所だけのハーフコート。誰かが黙々とボールを放ち続けている。
ボールはキレイな弧を描き、ほとんど音をたてることなくゴールネットに吸い込まれる。真下に落ちたボールを拾い上げ、元の位置に戻り、シュート。その誰かはこの作業をただただ繰り返していた。
「あれ、
男は、金網越しに見ていた俺の名を呼ぶ。
同じ高校の
この春から同じクラスになったばかりで、まともに話したことはない。おそらく、挨拶さえも初めてだと思う。
後藤は俺に近づいてきて、笑顔を浮かべる。彼の赤混じりの茶髪がライトに照らされる。
正直、関わりたいと思う奴ではない。
見かけもそうだが、授業中はほとんど寝てばかりだからあまりいいイメージがない。
「やっぱり、三島だ。こんな時間に何してんの?」
「別に。ただの散歩だよ」
「こんな時間に?」
「この時間が良いんだよ。静かだしだれにも邪魔されない」
俺は淡々と答えた。理解されるとと思ってない。「変わってるね」「暗いね」。そんな言葉をかけられるのも想定済みだった。
「あー、だよね」
後藤は適当に流すわけでもなく、心から共感するように答えた。少し意外だった。
「後藤は?何で、この時間にバスケ?」
「あれ?俺がバスケ部なの知らない?」
「知ってる。でもこの時間にバスケする奴を俺は知らない」
「もしかして、ヤバい奴だと思ってみてた?」
「少しね」
正直に答えたら、後藤は苦笑いを浮かべる。
「この時間が一番集中出来るんだよ」
そう言いながら後藤はコートへと戻り、またシュートを放った。ボールはキレイな弧を描いたが、惜しくも弾かれた。後藤は照れたように笑う。
その笑い方は少年のように無邪気で、後藤に対するイメージが少しずつ変わっていく。
「朝も放課後も練習あるだろ?」
ボールを拾いに行く後藤の後ろ姿に話しかける。
「あるよー。」
「大変じゃないの?」
「部活の練習終わったら、速攻で家帰って飯食って寝てるからね。超すっきり。超元気。」
「何で、そこまでする?」
「バスケが好きだから」
「好きなだけじゃここまでできない」
俺は断定するように言った。後藤は何かを察したのか、俺の方に体を向けた。
「NBAに行きたいんだ」
その一言は決して大きな声では無かったが、しっかりと届いた。
「○ラムダンク見て、バスケ始めた。そしてバスケ好きになった。それはそれで楽しかったんだけど、海外旅行で生の試合見たら全部が変わっちゃったんだよね」
「本当に電撃喰らったような感覚だった。もう止まれないの」
後藤は自身に呆れるように笑う。だが、目は真剣そのものだ。
「時間がないのよ。だからありったけの時間をつぎ込むことにした」
後藤が授業中に寝る理由がわかった気がした。
そして、後藤に対して偏見しか抱いていなかったことに気付いた。
ーー後藤は俺と同じだった。
俺は勉強。後藤はバスケ。それだけの違いだ。
後藤がコートでシュートを打つとき、俺は机に座りペンを握っている。
後藤が身体を休めるとき、俺は脳を休める。お互い眠りながら。
そして、真夜中に起きて、身の丈に合わない目標に向かってあがいている。
俺は初めて会った同志に、誰にも話していない夢を語った。
「俺と同じくらいヤバいね」
後藤はまったく笑わずにそう言った。
夜中に起きる理由 寺澤ななお @terasawa-nanao
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