【KAC20234】”鬼門”の角の自販機【深夜の散歩で起きた出来事】

なみかわ

”鬼門”の角の自販機

 鬼門とはそもそも、いろいろ悪い影響がある方角のことだ。自分にとっては「あの店、すぐに潰れたな。鬼門だな」とか、「あの場所は鬼門だから何が建っても長続きしない」というイメージだ。



 学生時代、大学から下宿までの途中、交差点にあったラーメン屋--最初はラーメン屋、がその場所だった。入学した時はラーメン屋だったが、やがてコインランドリーに変わり、さらにコンビニになり、それも閉店して……卒論の研究で毎日夜遅くなる頃には、更地になっていた。

 駐車場のところだけがアスファルトで舗装されていて、その駐車場の脇、交差点側の飲料の自販機は、残っていた。これだけがもくもくと売り上げを出していると思うと皮肉なものだなと思ったし、経済学部の後輩に、なんで店は潰れてこれは残るのかってテーマで研究したら面白いんじゃないかと、飲み会でネタにしたこともあった。




 社宅に入ることになって、しばらく自販機のことはすっかり忘れていた。思い出したのは、仕事でだいぶ遅くなってうっかり快速に乗ってしまい、1駅戻る電車を待つよりは徒歩でここから寮に帰ってもさほど時間が変わらないなと、懐かしい道を歩いた時だった。


 交差点の右手前の角に、期待どおりぽつんとそれはあった。左手前は茶色い壁のマンションで、一階が店舗、たしか学習塾かなにかで自転車が並ぶ。信号機は赤点滅と黄色点滅に変わっていた。


 僕は変わらない場所にあったコーヒーのボタンを押した。疲れた体にしみいる味が、ちょっと社会人らしくなったかなと、ネクタイをゆるめた。それをきっかけに、残業したときや、あるいは眠れない夜とかに、ここへ来てみるという習慣ができた。





 初めての盆休み前、変わらず自販機はあり、用意していた小銭を入れる。真夏の夜の暑さのなか、向かいのマンションの一階の居酒屋の明かりを見ながら飲み干すアイスコーヒーは最高だった。


 秋の終わり、夏のボーナスの残りで買った薄手のコートをはおって、まだホットには入れ替わっていないので水を買った。向かいの一階のフレンチレストランは早くに閉まるようで、ハロウィン飾りのカボチャと目が合った。


 雪で明日はリモートワークになって、しんしんと積もり続ける歩道を歩いた。自販機はきちんと動いてくれていて、コインを入れるわずかな出っ張り部分にも白い雪が乗っていた。コーンスープを飲みながら向かいの一階のピザ屋を見ると、バイクが全部出払ってしまっていた。





 あっという間の一年だった。急に気温が上がったから花粉もひどかった。それで目がかすんだせいか、自販機の前に人がいるように見えた、こんな時間に。


「先輩、ほんとに来てるんですね」

 それは幻ではなく、経済学部の後輩だった。


「先輩のおかげで本当に卒論が書けましたよ」

 しばらく空を仰いで、ああ、と思い出す。でも。僕はこの一年自販機のそばになにひとつ店舗はないことは知っていた。

 それを更地に指さして言おうとすると、後輩は笑う。





「あっちの一階、まじすごかったすよ。一年で入れ替わり立ち替わり……え、先輩どうしたんすか? もしかして、知らなかった?」



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