四輪

ギターケースを背負った人と2人で歩く日が来るなんて、数時間前までの私は全く想像していなかった。

自転車置き場でそれぞれの自転車を探しだし、それをぎこちなく押した。校門を出て、送ります、と言ったときはさすがに自転車のハンドルを握ったままだった。相変わらず、顔はうつむいていたけれど。

家はどっちですか、と言われるままに、私の家を目指した。大学から近くて気に入っていた家だったが、このときばかりはどうしてもっと遠くに住まなかったのだろう、と後悔した。歩きながら、彼は私を佐藤さん、と、私は彼のことを環さん、と呼ぶことになった。隣を歩く環さんの横顔をまじまじと見た。彼はいわゆるイケメン、といわれる部類の人だった。くっきりとした二重に、形の整った小ぶりな鼻、そして小さすぎず大きすぎない口。そしてそれらをまとめて乗せている無駄のない顔の形。それなのに、少し眉毛が繋がりそうなのがこの人の魅力なんだろうと思った。

学部や趣味について少し話しただけで家に着いた。彼は理工学部で、趣味はギターと散歩だと言い、私は文学部で趣味は読書だと答えた。

「ここです。」

そう私が言うと、彼はさっきよりも驚いた顔をした。

「どうしたんですか。」

私が尋ねる。

「僕の家もここです。」

驚いた表情を崩さないまま、彼はそう答えた。その瞬間、私も彼と同じ顔をした。2人が仲良くなるのに時間はかからなかった。初めて会った日に連絡先を交換し、ちょっと一緒にご飯を食べませんかとか、虫が出ましたなどの出来事を超えて、すぐにお互いの家を行き来するようになった。5階建てのアパートで彼は2階、私は3階だった。もっとも、彼はサークルやアルバイトが忙しく、なかなか家にはいなかったから私の本を読む生活はあまり変わらなかった。ただ、そんな彼の帰宅を待つ、という大事な予定ができた。

彼は帰ると、必ず自転車の鈴を2回鳴らす。

その音を聞くと私は、飼い主の帰りを待ちわびていた犬のようにベランダに出て下にいる彼に手を振るのだった。帰ってきた彼はまず自分の部屋でシャワーを浴びてから、たいていは私の部屋に来る。頃合いを見て鍵を開けておくのも、暗黙のルールだった。彼が私の部屋に来たら、とりあえず一緒にビールを飲む。環さんは無類のビール好きだった。気分で映画を観たり、テレビを見たりする。環さんにギターを教えて貰う時だけは、彼の部屋に遊びに行った。そしてそれは2人の愛し合う合図だった。環さんは私の初めての恋人となった。

彼がいつ帰ってきてもいいように、お風呂は明るいうちに入るようになり、部屋の窓は、家にいる間はずっと開け放してあった。そろそろ冬だぞ、と言わんばかりの風をよけるために、私は毛布にくるまって本を読むようになった。寂しさの気配を感じる回数はどんどん減っていった。開け放した窓から、温かい風が入ってくるようになった。2度、春が来て、夏になり、秋冬と寒さを越えた。そして3度目の春。私達は4年生になった。2年生、3年生と変わらず2人はずっと一緒だった。呼び方は佐藤さんから楓へ、環さんから純へ変わった。

純のサークルやバイトがない晴れた日は決まって、近所を散歩した。なんてことない公園も、毎日の通学路も、スーパーまでの道も全部、きらきらと輝いていた。大学があるこの町で、私達が行ったことのない場所なんてない気がした。どこもかしこも純の匂いがした。純は東京のライブハウスでたまにギターを弾いていた。私は欠かさずそれを観に行った。純に気がつかれないほど後ろの方で、盛り上がる観客と純を見ていた。それでも必ず私達は目が合った。純はギターを弾くときだけ、とても冷たい目をした。それは初めて会ったときと変わらず、世界を見下しているような目だった。

ライブの前は、ライブハウスの周辺を散策するのが習慣だった。ライブハウスというものはたいてい、町の奥まったところにあって、それ以外目立った店が無い、というのが難点だったが、2人で歩く道はどんな道でも輝いた。渋谷のライブハウスに純が出る日。少し時間に余裕があったからかなんとなく、代官山の方まで足を延ばしてみた。すると、ひっそりした佇まいのお花屋さんがあった。

置いてあるのは生花ではなく、ドライフラワーばかりと一風変わったお花屋さんで

純と私は興味津々で店内に入った。

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blue star 碧海 山葵 @aomi_wasabi25

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