都電

口羽龍

都電

 哲夫は都内に住む大学生。高校の卒業とともに東北から東京に引っ越してきたばかりだ。まだまだ東京の事はあまり知らない。だけど、これから覚えていくだろう。


 哲夫は気晴らしに深夜の自宅周辺を歩いていた。ここはとても静かだ。すでに夜も遅く、ほとんどの家屋の明かりは消えている。小さな街灯の明かりが細い道を照らしている。


「ちょっと気晴らしに歩こう」


 哲夫は身が震えた。冬真っただ中だ。だが、東北の実家とは違い、それでも雪があまり降らない。東京ではあまり雪が降らないのは聞いている。実家ほどではないけど、やはり寒いな。


「寒いなー」


 と、少し奥に差し掛かったその時、音が聞こえてきた。モーター音だろうか? こんな深夜に何だろう。


「あれっ? この音、何だろう」


 その音は右を曲がった辺りから聞こえる。哲夫は興味の思うがままに聞こえる先に向かった。一体何があるんだろう。


 しばらく進んでいくと、明かりが射している。何の明かりだろう。音はここから聞こえてくる。哲夫はその明かりに向かって歩いていく。


 その先で哲夫が見たのは、電車だ。単行で、出入り口が低い。そして、ホームも低い。路面電車だろうか? でもおかしいな。こんな低いホームなんて、東京の西にある東急世田谷線ぐらいだし。幻でも見ているんだろうか?


「電車?」


 と、哲夫は子供の頃に見た図鑑を思い出した。都電荒川線だ。だが、荒川線のホームは高い。明らかに荒川線でもない。


「荒川線? 違うな。ここは荒川線の三ノ輪橋駅でも早稲田駅でもないし」


 哲夫は考えた。ここは早稲田でもない。三ノ輪橋でもない。やはり幻に違いない。


「うーん・・・」


 哲夫は発着する電車を見ていた。電車は吊りかけモーターを響かせて発車していく。まるで何十年も前の東京にタイムスリップしたような気分だ。




 翌日、哲夫は気晴らしにどこかに出かける事にした。作業がなかなか進まない。そんな時は街を歩こう。今日は休日だし。


 哲夫は、昨日見た幻は何だったのか、マンションの大家に聞く事にした。大家さんなら、東京の事をよく知っているかもしれないと思ったからだ。


 哲夫は住んでいるマンションの入口にやって来た。フロントには1人の老人がいる。このマンションの大家だ。もう何年も東京に住んでいるそうだが、知っているんだろうか?


「おはようございます。ちょっと聞きたいんですが」


 突然聞かれて、大家は驚いた。部屋に対する苦情だろうか? 今まで哲夫はそんな事がなかったのに。


「どうしました?」

「昨日の晩、電車の終点を見たんだ。この辺りには地下鉄しかないのに」


 それを聞いて、大家は何かを考えた。何かを知っているんだろうか? 哲夫はわくわくした。


「哲夫さん、この辺りに都電の終点があったって、知ってる?」

「本当? 都電って、荒川線だけじゃなかったの?」


 哲夫は驚いた。まさか、都電は荒川線だけじゃなかったとは。哲夫は鉄道の事はあまり知らなかった。路面電車は、自分が生まれる前にはもっと多くの街で走っていたらしい。だが、自分が図鑑で見た物ぐらいしか知らない。


「うん。昔は網の目のような路線網だったんだよ。だけど、高度経済成長期の頃、モータリゼーションの発達によって都電は次々と廃止されたんだよ」

「そうなんだ」


 哲夫は大学で政治・経済を学んでいる。モータリゼーションの話は聞いた事がある。だが、その影響で都電が荒川線を残して廃止になったとは。


「荒川線が残ったのは、道路を走る区間がほとんどないからなんだ」

「へぇ」


 考えてみれば、荒川線は道路の上を走る区間があまりない。だからモータリゼーションの影響を受けなかったんだろうか?


「これが昔の路線図なの」


 大家は昔の路線図を取り出した。こんなにも多くの路線があったのか。今の東京は東京メトロや都営地下鉄が縦横無尽の路線網を築いているが、それ以前は都電がこれだけの路線網を築いていたとは。これはまさに盛者必衰だろうか?


「こんなにも多くの路線があったのか。すごいな」


 哲夫はしばらく見とれてしまった。哲夫は東京の歴史をまた1つ知る事ができた。




 マンションを出た哲夫は、三ノ輪橋駅にやって来た。三ノ輪橋駅は少し入り組んだところにある。近くには荒川線の壁画があり、荒川線は沿線住民に愛されているんだと感じる。


 三ノ輪橋駅は高床式のホームだ。道路上にホームがないためだろう。駅には単行の新しい車両がある。昨日見た電車と明らかに違い、近代的な見た目だ。


「昔はどれだけ多くの路線が分岐していたんだろう」


 そう思いながら、哲夫は電車に乗り込んだ。単行の電車にはそこそこ多くの乗客がいる。需要はけっこうあるようだ。


 電車は三ノ輪橋駅を発車した。他の鉄道ほど早くないけど、そこには下町のようなゆっくりとした時間の流れがある。そこには、忘れかけた何かがあるようだ。


「時代は路面電車から地下鉄に変わりゆくのかな?」


 だが、哲夫は思う。早さと輸送力を求める中で、路面電車は地下鉄に変わりゆくんだろうか? 東京はこうして路面電車から地下鉄に変わっていったんだろうか?


「東京は変わりゆく。交通も変わりゆくのかな?」


 哲夫はなかなか答えが見つからない。その間にも時は流れゆく。そして、東京は変わりゆく。その中で、人々の足も変わっていくんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

都電 口羽龍 @ryo_kuchiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説