真夜中の落し物
異端者
『真夜中の落し物』本文
冷たい空気が入ってきて肺を冷やします。
少年は少しだけ震えると、歩き出しました。
真夜中の、本来なら家に居て眠っている時間帯です。
しかし、少年にも事情があります。
ふとした晩、眠れなくてどうしようもないこともあります。そんな時に、こうして真夜中の村を散歩するのでした。
真夜中に出歩くことを両親は良い顔はしませんが、別に危険はありません。都会と違って、夜の村は閑散としていて、イノシシにでも会わなければ危ないことは何もありませんでした。
――僕は、どうして歩いているのだろう?
少年は歩きながら考えました。
少年は真面目でした。ですが、真面目なら成功するかと言えば、そうではありません。
両親は少年の学校の成績を見てなじりました。少年は努力していましたが、もともと頭の良い方でないのか、成績には恵まれませんでした。
そうやって延々と両親の説教が続くと、たいていの場合は一緒に住んでいる祖父が止めてくれました。
「今は爺さんのような時代じゃないんだ。勉強ができないと、何をしても駄目なんだ」
父は度々そう言いました。けれども祖父は、勉強以外の生き方もあると言ってくれました。
少年は迷いました。どちらが正しいのか、判断が付きませんでした。
そうして、頭の中がモヤモヤでいっぱいになると眠れなくなって、このように真夜中の村を散歩するのでした。
散歩コースは決まっています。
集落の中の、比較的開けた道をぐるりと一周するだけです。何もありません。
もっとも、少年にとってはその何もないことが逆に良いような気もしていました。
この角を曲がったら、一周して少年の家へと戻ります。
今日も何もなかった――そんな安心とも落胆とも言える気持ちで角を曲がった時でした。
丸太、でした。
少年の家の前に、巨大な丸太が置いてあったのです。その大きさは、長さは二十メートル以上、太さも一メートル程ありそうでした。
少年はぎょっとして、立ち止まりました。
当たり前ですが、家を出た時にはこんな丸太はありませんでした。
その間に置いていく人間も心当たりはありません。
少年は丸太を乗り越えると、自宅に居る両親と祖父を起こしました。
「なんだこれは!?」
父はそんな声を上げました。他の皆も驚いています。
「これって、何かの事件かしら……」
母が困ったようにそう言いました。
「ああ、警察に電話するんだ!」
父は母にそう言いました。
「ええ、はい……丸太が……は? だから丸太です!」
母が警察に電話をしました。
十数分後、パトカーがやってきました。真夜中だから静かにしてほしいと頼んだからか、サイレンは鳴らしていませんでした。
「これはこれは……本当に丸太ですね」
降りてきた警察官も驚いた様子です。
「ええ、そうでしょう!」
父は納得したように言いました。
「それで? この巨大な丸太が急に現れた、と?」
「ええ、そうですそうです!」
父は興奮気味に同意しました。
「困りましたねえ……道路上の異物は役場の管轄じゃないですかね?」
警察官は少し面倒そうに言いました。
「でも、落し物は警察が保管するんですよね?」
父は譲りません。
「落し物……まあ、落し物と言えばそうですが、ちょっとこれは……」
警察官はちらりとパトカーを見ました。
預かろうにも車に乗せようがない――目でそう言っていました。
「こちらでは引き取りようがないので、一旦そちらで保管してもらうことには――」
「こんな丸太、家には置いておく場所はありませんよ!」
「この丸太……持ち主が現れなかったら、家の持ち物になるのかしら」
母がぼんやりとそう言いました。
「杉のこんな立派な丸太なら、製材所に持っていけば、材木にするのに高く買い取ってくれるだろう」
祖父が唐突にそう言いました。
皆が祖父に視線を移します。
「そうか、金になるのか……」
父はまんざらではなさそうです。母も期待を込めた目で祖父を見ました。
「ですが、持ち主の分からない物を勝手に……あれっ!?」
警察官がそう言いかけて丸太の方を見ると、もう何もありませんでした。
少し向こうを駆けていく獣の影が見えただけでした。
丸太はどこに行った?
祖父以外の皆はそう言って辺りを見渡しましたが、もうどこにもありませんでした。
その様子を見て、祖父はカラカラと笑いながらこう言いました。
「どうせ狐か狸が化けていたんだろうよ。製材所に持ち込まれて、バラバラに切り刻まれるのが怖くて逃げだしたんだろう」
真夜中の落し物 異端者 @itansya
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