桜咲く

 平年より遅く咲いた桜が、新学期の始まりを祝福している。キャンパスには、サークル選びをする新入生とサークル勧誘をする在学生が入り混じっている。全ての人が笑顔に包まれ、その笑顔を太陽が照らしている。全体的にホカホカと暖かい雰囲気である。

 三歩歩けば人に当たる、そんな中、勧誘をひたすら無視して進む佐々木さんと、その後ろをなんとかついていく橋塚の姿がある。歩く佐々木さんは周りの学生の視線を惹くには十分すぎる外見で、後ろを歩く橋塚のことに誰も気づかないため、橋塚は人との衝突を避けるのに必死である。


「橋塚くん、しっかりとついて来ている?」

「は、はい、なんとか!」


 すでに佐々木さんと橋塚で5メートルほど距離が離れている。今までと違うのは、佐々木さんが橋塚のことを気にしてくれていることである。


「早くしないと全てやり直しになるよ。」

「まっ、いて、あ、すみません。」


 橋塚が、人とぶつかっても、佐々木さんは全く振り向かない。気にするといっても、本当に少しだけである。少しだけ、そうだとしても、それは二人の関係が確実に成長している証拠…


「やっと着きましたね…!」

「なんとか間に合った。橋塚くん、ちょっと片付けしておいて。」


…かもしれない。

 佐々木さんは、橋塚に片づけを押し付け研究室から出ていってしまった。はいかyesか喜んでしか言わせない雰囲気である。


「へいへい、やりますよ、やればいいんでしょ。」


 不貞腐れつつも、手を動かし始める橋塚である。


「終わったー!」


 佐々木さんが出ていってから約30分、橋塚は、椅子に座り窓の外から入る太陽の眩しさに目を細めている。


「つめたっ!」


 橋塚は、勢いよく立ち上がり振り返ると、ビニール袋を持った佐々木さんが立っている。


「はい、お疲れ様。」


 佐々木さんの差し出した手には、棒状のアイスの袋が握られている。


「あ、ありがとうございます。」


 橋塚は、戸惑いつつもしっかりと受け取る。佐々木さんは、少し照れくさそうに、それはまるで初めてバレンタインチョコを渡すときのような表情である。

 窓の外に見える満開の桜の木が、そんな二人を優しく見守っている。ほんの少しだけ、目には見えないような変化だったのかもしれない。しかし、二人が過ごしてきた1年間は、確実に新たな花を咲かせるための準備期間だったのである。


「さっさと食べ終えて、作業始めるよ。」

「え?」

「えって言うな。」


 佐々木さんは、いつもと変わらずはいかyesか喜んでしか言わせない雰囲気である。


「喜んで。」

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桜。 志野理迷吾 @Shinorimaigo

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