第2話「有唯タマ」

 有唯うただタマは迷っていた。

 重篤な迷子であった。

 だだ広いラウンジの中で、しかしどこにも行けずぐるぐるしていた。

「ふええ…誰も迎えに来てくれないでござる…」

 初めての土地、初めての海外、初めてのイミグレーション。

 飛行機に乗るのすら初めてだった彼女は島に到着した時点でだいぶ限界であった。

 いつもどおりにこやかに速やかにタマを道場から蹴り出した大ババ様によれば、同門の先輩が空港に来ているはずなのだが…

 三時間経ってもそれらしき人物は現れない。

「困り申した…最悪宿を自分で探さないとでござる…」

 路銀としてのカード残高はギリギリである。

 ただでさえ物価高の「蜃姫シンキ」ではとりあえず三か月生きていくだけの分しかない。なるべく倹約したいところだった。

 周りの観光客にでもホテルのおすすめでも聞いておくべきか?

 先程まで年齢不詳の男性二人組が近くにいたのだが見当たらない。

 というか気がつけばラウンジの客は彼女ひとり。

「あの……?」

「ああ、今日はもう発着も到着も無いからですね。このラウンジもあと一時間で閉めます」

 空港職員のお姉様から流暢な日本語で無慈悲な宣告を受けた。

 この人工島は一応日本の領海にあるので公用語は日本語と英語である。

 おすすめの宿を聞くと、空港直結のカプセルホテルが一番安いらしい。

 港までいけば安宿はあるが、治安があまり良くないので観光客にはおすすめできないとのことだった。

 タマは厳密には観光客ではないのだが。

 彼女としては観光以外はむしろしたくないのだが。

「では、この方の居場所を知らぬでござるか?」

 大ババ様は身元引受人を手配してくれていた。

 シベリオス・シベリアノス。普遍教会エクレシアの関係者らしい。

「シベリオス氏なら存じ上げております。暴拳者バルバロイとして参戦中ですね」

 ……バルバロイ?

 蛮族?

「おや、ご存知ない?」

「すみません。それがしいきなり放り込まれたもので……」

「そういう方は毎年一定数おりますよ。ご安心ください」

「安心?」

「すぐ慣れますので」

 何も安心できない返事だった。

「安全確保の観点から、シベリオス様に直接連絡は取れませんので闘争委員会を経由していただくことになりますが……有唯様、ひょっとしてバルバロイとして来られたのではないですか?」

「……え?」

 すごく嫌な予感がする。

「少々お待ちを……はい。有唯様はバルバロイ希望者として登録されております。おめでとうございます」

「めでたいですそれ?」

「もちろん。バルバロイには島内における様々な特権が付与されますので」

 曰く、不死特権アタナトイを筆頭にほとんどの施設が特別価格で利用できる。ファイトマネーももちろん人気に応じて天井知らずに上がる、と。

「……ファイトマネー?」

 その前の不穏な単語ももう少し気にするべきだったが、タマはそれどころではなかった。

「ええ。バルバロイは闘争のためにこの島にいるのですから。……それもご存知なかった?」

 ええ。

 いまの今まで。

「……まあ、とりあえずやってみるといいですよ」

「何かを諦められた上に説明を放棄された!?」

「いえ、実際ここでの闘争というのはやってみないとわからないところもあると思いますので……詳しくは担当に、と言いたいところですが本日は事務局も業務終了しておりますので」

 お姉様は慈悲と憐れみのハイブリッドスマイルで宣告してくれた。

「とりあえず今晩はどこかに宿を取っていただいて、明日改めて闘争委員会に出向いていただくのが良いかと。せっかくなので今日は繁華街の賑わいをお楽しみ下さい」

 委員会の本部は都市の中心にありますので迷うことはないはず、とのことだった。

「はあ…」

 明日以降は賑わいを楽しむどころではない、という含みだろうか?

 まあいい。すでにタマは諦めの境地。

 どのみち三か月はこの絶海の孤島から帰れないのだ。

「なんとかめんどくさいことはやり過ごして南国を楽しむでござるよ……」

 普通に、怪我なく、楽しく。

 

 ……井の中の蛙大海を知らず。

 田舎の小娘「普通」を知らず。

 有唯タマとは、そのような少女であった。

 大ババと彼女が呼ぶ師匠、柊弥生によれば。

 ……性格を引き締めるためのネジが十本ほど足りない。

 ゆるゆるのゆりゆらであった。


 そう。彼女はまだ何も知らない。

 この島を、バルバロイたちを。

 そして、自身の辿り着く場所を。

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バルバロイ・リポート ゆきむらゆきまち @yuki-yukimura

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