バルバロイ・リポート

ゆきむらゆきまち

第1話「吸血鬼VS神速」


 フェリンギアは戸惑っていた。

 攻撃が当たらない。こんな筈はない。

 手足の長さも、身体強度も、爪の鋭さも、末端の速度も。

 全て自分が優っている。それは間違いない。

 なのに。

 全てを躱され、いなされ。

 長く鋭く伸びた爪はたった今、折り飛ばされた。

 人間だったころ修めたカラリパヤットが通じていない?

 だとしても、今の彼は血族。

 崇高にして尊大なる二十四枢が一柱、ダリ・フェリンギーアの直仔。

 異能も持たぬ只の人間に、彼が捉えられる筈は無い。

 ……いや、すでに相手は異能を行使しているのかもしれぬ。

 彼が気づきもせぬうちに、この戦場を支配する何かを。

 そうでなくば––––

「自分が負けるはずはない、と?」

 足尖の蹴りで彼の爪を刈り取った男が微笑する。

「残念ながら、僕は一切の異能を使っていません」

 けして大きくはないが、明朗でよく通る声。

 小柄な男だった。腕も足もけして太くはない。

 が、彼がもう少し注意深ければ試合前に気づいていただろう。

 男の体に一切の無駄な肉がないことに。

「単なる技術です」

「だが……ならば、何故だ!」

 なぜ、ことごとく動きの先を行かれる。それも技術だと?

「……あなたたちは絶対的な強者として生きてきた。それも野生の狩猟獣ではなく、人間社会に君臨する暴君として」

 それ故の、シンプルな結論。

「あなたは殺気の消し方を知らない。その必要がなかったからでしょうね」

 殺戮や恐怖による支配を行うならそれで充分。

「ですが一対一の闘いとなれば、致命的な弱点。そして殺気を感じとる技術は基礎の基礎です」

「……くだらん。読まれた程度で、この俺は!」

 仕掛ける。左右のハイキック連打からの組み付きからの喉笛へ咬み付き。

 普通の格闘家なら、キックをガードしようとして下がり、そして捕まっていたはずの攻撃––––しかし、その前に勝負は決した。

 二撃目の蹴りをフェリンギアが撃ち終わった瞬間。

 男は蹴り脚を潜り、軸脚の戻りと同時に半身の形で踏み込んだ。

 とっさにガードを戻そうとした吸血鬼の腕をすり抜けた右拳は。

 その心臓を過たず撃ち抜き––––内腑の裏の核を掴み。

 そのまま引きちぎって、貫いた。


 審判を務める高機動少女義体ナイトメアメイデン、識別名ヒュプノスⅢが試合終了を告げる。

「勝者––––アラクニド・ウー」

 それが男の名。

 暴拳者バルバロイランキング十七位の新鋭にして、異能無しにこの座に昇ってきた数少ない者の一人––––またの名を「神速の蜘蛛」。

 試合は終わり、ウーは引き上げる。

 フェリンギアの死体は回収され、この島においてバルバロイが持つ特権により蘇生処置が行われる。失敗することもあるが、それもまたよくあることだ。

 港から汽笛が聞こえる。

「今日は、たしか……新人の入島日」

 彼が島に来てもうすぐ一年が経つ。去年は得るものは多かったが、得られなかったものは得たもの全てを合わせても足りなかった。

 届かなかった。まだ。

「今年は良い結果を得たいですが……良い出会いも期待したいものです」

「独り言は癖ですか?」

 視線を斜め上に向けると、少女が浮かんでいた。

「ヒュプノスⅢ……まだいたの?」

「今日はもう試合がないようですので、暇です」

「ああそう……」

「ウー選手、カフェなどに行く予定は?」

「行きたいんですか?」

「喜びとともに同行しましょう」

「……いいでしょう。僕もアイスティーが飲みたいですからね」

 この島はバルバロイの楽園。

 全ての機構は、ただ闘いに奉仕する……が。

 もちろん、憩いの場はある。




 

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