《 第3話 なぜか戸惑われた 》

 翌日。


 教室に入った途端、悠里と目が合った。暗い顔で読書していた悠里は立ち上がり、不安そうな顔でこちらへ歩み寄ってくる。


 わざわざ歩み寄ってくるってことは……俺がムッチーナのグラビア本を持ってくるのを期待してたんだろうな。


 不安そうな顔しなくても、ちゃんと持ってきたっての。早く見せてやらないとな。



「あ、あのさ春馬――」


「うぇ~い! ちゃんと持ってきたぜ~!」


「きゃあっ!」



 華奢な肩に腕をまわした瞬間、悠里が悲鳴を上げた。男連中がびっくりしたようにこっちを振り向く。


「な、なんだ高峯か……」


「女子がいるかと思っちまったよ」


「それより知ってるか? 1年にものすごい巨乳の女子がいるの」


「知ってる知ってる。マジですげえよな! あんな女子と学校生活を送りてぇよ」


「オレ真剣に留年検討してるぞ」


「いや普通に卒業して大学行ったほうが出会いあるだろ」


「たしかに……!」


「その頭じゃマジで留年になるかもな」


 クラスメイトが馬鹿話に戻るなか、悠里はうつむき、おとなしくなっていた。顔を覗きこむと、赤らんでしまっている。


「顔赤いな。風邪引いたのか?」


「ち、違うよっ。むしろ健康な証拠というか……春馬こそ、全然赤くないけど……」


「赤くなる理由がないだろ」


「理由がないの!?」


 今日はやけにハイテンションだな。それだけムッチーナが楽しみってことかね? だったら早く見せてやるとするか。


 俺が席につくと、悠里はとなりの席に腰かけた。


「今日はすごいものを持ってきたんだ」


「すごいもの?」


「ああ。――これだ!」


 じゃじゃーん、とムッチーナのグラビアを見せると、悠里が目を点にした。


「えっちな本だね……先生に見つかったら没収されちゃうよ?」


「知ってるよ。ただ、リスクを冒してでも悠里に見せたかったんだ」


「そんなにボクにえっちな本を見せたかったの!?」


「ああ。やべえぞこれっ! マジでムッチーナがムッチムチでさ! もうおっぱいが見えるギリギリまで露出してんだ!」


「そ、そうなんだね」


「ああ! でさ、このページのここ! よく見てくれ! これって乳首だよな!?」


「どうしてボクに確認するの!?」


「悠里って女子の乳首に詳しいだろ?」


「そ、そりゃもちろん詳しいけど……」


「だろ?」


 クラスのみんなで下ネタを言い合ってたとき、乳首の話をぶっ込んできたしな。


 俺の下ネタとは毛色が異なるというか、妙に生々しいのでたまに空気が凍るけど、やけに女体に詳しいので悠里には一目置いている。


 悠里ならこれが乳首かどうか判別できるはずだ。


「で、どうなんだ?」


「うーん、そうだね……夢を壊すようで悪いけど、これ影だよ」


「影かぁ……」


「あっ、でもわからないよ? もしかしたら違うかもだし……」


「いや、悠里が影って言うなら影なんだろ……」


「……夢壊しちゃってごめんね?」


「いいって。むしろ影でよかったよ」


「どうして?」


「俺、乳首はピンクのほうが好きだから。付き合うならぜったいピンクの娘がいい」


「そ、そうなんだ……」


 悠里はなんだか嬉しそうだ。胸に手を添え、唇をほころばせている。


 俺の夢を壊したわけじゃないとわかり、安心したのだろう。ほんとにいい奴だ。


 ページをめくってグラビアを楽しんでいると、チャイムが鳴った。


「っと、もうこんな時間か。先生が来る前にトイレ行こうぜ」


「ボクと!?」


「もう済ませたのか?」


「まだだけど……ボクとトイレに行きたいの?」


「ああ。早く行こうぜ」


 ムッチーナのグラビア本をカバンに戻して席を立つと、悠里もついてきてくれた。そしてトイレに入ると、悠里はいつものように個室のドアに手をかける。


「なー、たまには隣り合ってしようぜ」


「嫌だよ!?」


「なんだよ、恥ずかしいのか?」


「恥ずかしいとかそういう問題じゃないよ!? できないんだよ! だって、ほら、知ってるでしょ……?」


「ああ、知ってるよ」


 いつだったか言ってたもんな。家では座ってする派だから学校でもそうしたほうが落ち着けるって。


 立ってするのが落ち着けないからって、できないことはないだろうが、強制させるのも悪いよな。


「まあいいや。済ましちまおうぜ」


 俺が小便器の前に立つと、悠里は逃げるように個室に入る。一足先に済ませて外で待っていると、悠里がハンカチで手を拭きながら出てきた。


「うっし! 戻ろうぜ!」


 いつものように肩を組むと、悠里がビクッと震えた。


「ちょっ、春馬!? 当たってる! 当たってるからっ!」


 ぷらぷらさせた手が悠里の胸元に触れているが……これのことか?


「いいじゃんべつに」


「いいじゃんべつに!?」


「な、なんだよ。ちゃんと手は洗ったぞ……」


「そ、そういう意味じゃなくてっ! その……胸に当たってるんだよ?」


「当たってちゃだめなのか?」


「べ、べつにだめじゃないけど……春馬だし……」


 なぜかうつむきがちの悠里と肩を組んだまま教室へ。席につき、ムッチーナの話をしていると、担任教師がやってきた。


 男教師だ。我が校には女教師が5人いるが、今年も引き当てられなかった。まあ、去年と同じ担任だし、いい先生なので不満はないが。


 抜き打ちの持ち物検査は行われず、滞りなくホームルームが終わる。担任が教室を出ると、教室は賑々しさに包まれた。


「1時間目から体育ってダルいよな」


「だね。しかも来月までバスケだし……。ボウリングの授業とかだと活躍できるんだけどなー」


「ボウリングの授業があったら楽しそうだな」


「ね。ボクが春馬に唯一勝てる球技だもん」


「あとはお手玉な。妹がマジで感心してたぜ」


「昔、おばあちゃんに教わってたからね」


「お手玉の授業があるといいな」


「ふふ。なにそれ。すっごい地味な授業になりそう」


 おかしそうにくすくす笑いつつ、悠里はブレザーを脱ぎ、シャツのボタンを外す。すると体操服があらわになった。


 悠里いわく、時間短縮のために体育がある日はあらかじめ着てくるようにしているらしい。


 とはいえ、さすがにスラックスの下はパンツである。悠里は周囲を気にするようにあたりを見まわし、いつものように素速くジャージに着替え、教壇に腰を下ろした。


 時間短縮と言いながら俺を待ってくれるあたり、悠里はほんといい奴だ。


 上半身裸になると、悠里がチラッとこっちを見てきた。俺の裸に興味を持ったのは悠里だけではなく――


「やっぱ桜井さくらいの筋肉すげえな!」


「胸筋とかマジやべえし!」


「うおっ、硬えっ!」


 男連中が集まり、ペタペタと腹に触れてきた。女子モテのために鍛えた身体だが、褒められて悪い気はしない。


「だろっ? 最近絞ったからな! 悠里もほら、気になるなら触ってみろよ!」


「ど、どうしてボクが!?」


「いつもチラチラ見てるだろ」


「えっ、バレてたの!?」


「バレバレだぜ。ほら、遠慮すんな」


「そ、そこまで言うなら……」


 まだそこまでのことは言ってないが、前々から筋肉に興味があったのだろう。俺のもとへ歩み寄り、遠慮がちに腹を触る。


「うわっ、すご……」


「だろ? ちなみに一番自信があるのは胸筋だ」


「うん、すごいね。動かせそう……」


「動かせるぞ。ほら」


「ひゃっ、すご……カッコイイね……」


 悠里は俺の筋肉に惚れ惚れしている。


 やっぱ筋肉は見せてなんぼだ。こんなに褒められるとモチベーションが上がるぜ。


「ありがとな。悠里のも見せてくれ」


「ボクのを!? どうして!?」


「見たいからだよ」


「どストレート過ぎない!?」


 俺ほどじゃないが、悠里の胸が膨らんでいるのは知っている。


 成長を見越して買ったのだろう。大きめの体操服を着ているのでわかりづらいが、体育の授業中に胸元の膨らみが確認できた。


 筋トレをしている身としては、友達の筋肉に興味を持つのはごく普通の感情だ。


「堂々と見たいとか言われても、見せるのは無理だよ……」


「胸に自信がないのか?」


「ま、まあ自信はないけど……」


「小さくても馬鹿にしないぞ」


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……で、でも無理なものは無理だからっ」


「じゃあデカくなったら見せてくれ」


「なに言ってるの!?」


「だめなのか?」


「だめというか……こういうのって、気軽に見せるものじゃないし……」


 悠里にとって、胸筋は気軽に見せるものじゃないらしい。筋トレしたら普通は見せびらかしたくなるものだと思っていたが、ひとそれぞれってわけか。


 お互いに褒め合ったほうがモチベーション上がると思うんだけどなぁ。


 と、話している間に時間が過ぎ、チャイムが響く。俺は急いで着替えると、悠里とともに体育館へ急ぐのだった。

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