《 第2話 衝撃の告白を忘れた 》
「な、なあ、どうして男子のふりをしてたんだ?」
スラックスを上げる悠里から目を逸らし、俺は疑問をぶつけた。
「うちの学校、女子はボクしかいなかったから……」
「あ、ああ、それで……」
我が校は元々男子校だが、俺の代から共学になった。
近所だったので志望校には入れていたが、恋愛したい俺にとって『男子校』というのがネックだった。そんなとき共学化するという話を聞き、この高校に進学しようと決めたのだ。
しかしフタを開ければ女子はひとりもいなかった。教師が言うに、女子の合格者はひとりも出なかったそうだが……同じクラスに男装女子がいようとは。
「男子にセクハラされるのが不安だったから、男装してたのか?」
「不安っていうか……男子に気を遣わせちゃうと思って」
たしかに半裸で過ごす奴もいれば堂々とエロい本を広げる奴もいるし、休み時間はしょうもない下ネタが飛び交っている。
最初は『女の子いないのかよ!』と不満に思ったが、男だけの空間はそれはそれで楽しかったりする。もしひとりでも女子がいれば気を遣わざるを得なくなり、いまの楽しい雰囲気は形成されていなかっただろう。
「あと、お父さんにも心配されたから……」
「理事長に?」
「うん。ボクを巡って教室の人間関係が悪化するかもって。お父さんが大学生のとき入ってたサークル、女子が入ってクラッシュしちゃったみたいで」
「あー……」
それは容易にイメージできた。数人いるなら話は変わるけど、クラスの女子は悠里のみ。需要に対して供給が少なすぎる。悠里を巡り、男連中はピリつくだろう。
「俺に打ち明けたってことは、これからは女子として通学するのか?」
新1年生のなかには女子がいた。自分以外に女子が入学してきたので、打ち明けることにしたのだろう。
「ううん、男子として通うよ。いまのクラスの雰囲気が好きだから、それを壊したくないんだ」
「だったらなんで俺に打ち明けたんだ?」
「それは……春馬にだけは、ボクのことを女子として見てほしかったから……。迷惑だった?」
「い、いや、まあ、その……もちろんびっくりはしたが、迷惑では……とにかく俺にだけ打ち明けたってことは、この話は秘密にしたほうがいいんだな?」
「うん。そうしてくれると助かるよ。あと、ひとつお願いがあって……。いままでと同じように、ボクと仲良くしてほしいんだ!」
なるほど、これか。これが最初に言ってた『春馬を困らせちゃうかも』の正体か。
悠里の不安は的中だ。俺はかなり困っている。これからも悠里と仲良くしたいとは思っているし、友達関係は継続するが……『いままでと同じように』は難しい。
「あ、ああ、もちろんだ。俺たち親友だろっ!」
悠里の手前そう言ったが、すでにいつも通りにはできてない。いつもの俺なら肩を組むが、距離を取ってしまっている。
理由は言わずもがな。恥ずかしいからだ。
こちとら彼女いない歴=年齢だ。5歳の妹を除き、女子との交流は中学からない。中学のときだって男とばかり連んでいた。
女子だからって友達をやめるつもりはないけど……少なくとも、いままでみたいに気安く触れ合うことはできない。
そんな気持ちが態度に出てしまったのか、悠里は不安そうに顔を曇らせる。
「じゃあ、帰る……?」
「あ、ああ、帰ろうか」
俺たちは河川敷をあとにする。
俺は徒歩で、悠里は電車通学だ。いつも通り悠里を駅まで送るが、いつもみたいに会話は弾まなかった。
相手は親友とはいえ女の子。セクハラにならないように無意識に気を遣い、話題を選んでしまっているのだ。
「ねえ春馬、書店はどうするの?」
「今日はやめとくよ」
「そう……じゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日な」
もうこの時点で、俺たちの関係が変わってしまったことを察したのだろう。悠里は悲しげな顔で去っていく。
それを見送り、ひとまず家のほうへ足を運ぶが、このまま帰ったら晩飯の時間まで妹の遊び相手をすることになる。そんなテンションじゃないし、どこかで時間を潰すとしよう。
そうと決めた俺は近所の公園を訪れた。ベンチに腰かけると、ため息がこぼれる。
「……どうすりゃいいんだ」
悠里の口ぶり的に、俺にベタベタされるのを嫌がっているわけじゃない。あいつと遊ぶのは楽しいし、俺だっていままでみたいに振る舞いたい。
だが女だ。
いくら親友でも、ぜったいに意識してしまう。
話している最中に胸を見てしまうかもだし、着替え中に今日のパンツを思い出し、エロい妄想をしてしまいかねない。肩を組めば生理現象が起きかねず、それが悠里にバレればキモいと思われてしまうかも……。
ほんと、なんで打ち明けちゃうんだよ……。俺に嘘をつき続けるのが心苦しかったのか? それとも……そういえば悠里、『春馬にだけは女子として見てほしい』とか言ってたな。あのときはパニックで確認できなかったが、あれって深い意味があったんじゃないか?
俺に女として見てほしいってことは、異性として意識してほしいということで……つまり悠里は俺のことが好きなんじゃ――
「危ない!」
突然、声が響いた。
顔を上げたその瞬間、頭にサッカーボールが直撃する。ぐわんと脳が揺れ、意識が飛び――……
◆
……目覚めたとき、俺は見知らぬ親子に見下ろされていた。
夕焼け空を背景に、とても心配そうに俺を見ている。
「き、きみ、だいじょうぶか!?」
「え? あ、はい……」
言いながら立ち上がると、そこは近所の公園だった。どうやらベンチからひっくり返ってしまったようだが……なぜ俺は公園にいる?
いつも通り、悠里と一緒に学校を出たところまでは覚えているが……そこから先の記憶がない。
「息子がすみません!」
「ご、ごめんなさい!」
9歳くらいの男の子が、泣きそうな顔で頭を下げてきた。その足もとにはサッカーボールが転がっている。これが直撃して意識が飛んでしまったわけか。
「平気だよ。兄ちゃん、鍛えてるからな」
「ほ、ほんと……?」
「ほんとほんと。それよりナイスシュートだ!」
心配させないように明るく話しかけると、わずかに笑みを見せてくれた。
「今度試合だから、ゴールできるようにパパと練習してたんだ」
「そっか。試合頑張ってな!」
「うんっ、頑張る!」
「なにかあればこちらに連絡を……家まで帰れないようなら車で送りますが……」
「平気っす。ほんとなんともないんで」
まだ少しズキズキするが、痛みもそのうち引くだろう。記憶喪失と言ってしまうと大事だが、なくした記憶はせいぜい2時間。公園でぼんやりしてたくらいだ。退屈な時間を過ごしていたんだろうし、どうせたいした記憶じゃない。
そんなことよりムッチーナだ! 売り切れる前に買わないとな。そんでもって明日悠里に見せてやろう。あいつ喜ぶだろうなぁ。
そうして親子と別れ、俺は公園をあとにしたのだった。
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