「実は女なの!」と親友に告白された日の記憶だけを失った男~親友にベタ惚れされていることを俺はまだ知らない~

猫又ぬこ

《 第1話 衝撃の告白をされた 》

 最初に言っておこう。これは俺の凄まじい勘違いが生み出した青春の回顧録だ。



     ◆



 春の日差しを遮る橋の下で、俺は男友達の高峯悠里たかみねゆうりと向かい合っていた。


 いつも通り馬鹿話をしながら下校していたところ、突然大事な話があると言われ、河川敷へ連れてこられたのだ。


「んで、大事な話って?」


「えっと……」


 悠里はさっきから恥ずかしそうに太ももをモジモジさせている。言いづらく、かつ恥ずかしい話というと、もしかして……


「親にエロ本が見つかったのか?」


「そ、そんなんじゃないよっ!」


「ならエロ本を貸してほしいとか?」


「違うってば! えっちな話じゃないよ!」


「じゃあなんだよ、大事な話って。……まさか彼女ができたのか?」


「できてないよ」


「そっか。まあそうだよな。彼女がいるならそっちと過ごすよな」


春馬はるまは……恋人ができたら、そっちを優先しちゃうの?」


 悠里が寂しそうな顔で訊いてきた。


「そんな顔するなって。そりゃ休日は遊びづらくなるけど、悠里と過ごす時間も作るからさ! 悠里と遊ぶのマジで楽しいしなっ!」


 悠里とはまだ知り合って1年と少しだが、濃密な時間を過ごした。学校でも放課後でも一緒に過ごしているし、休日遊ぶとなると真っ先に悠里を誘っている。


 いまじゃ俺にとって一番の友達だ。そりゃ恋人ができれば悠里と過ごす時間は減るけど、だからって親友を捨てたりしない。


「でさ、けっきょく大事な話ってのはなんなんだよ」


「うん。えっと……うう、やっぱり言うのやめる」


「なんで?」


「だって、春馬を困らせちゃうかもだし……」


「俺のことなら気にするな。言いたいことがあるなら言ってスッキリしようぜ」


「でも……いいの?」


「いいって。悠里がなにを打ち明けようと、俺たちの友情は永遠だからなっ!」


 うぇ~い、と肩を組んでみせると、悠里は頬をヒクつかせて笑う。なにがあろうと友達だと伝えたのに、まだ緊張している様子。


 いったいなにを打ち明けるつもりなんだ?


「もったいぶってないで早く言えよな」


「う、うん。じゃあ言うけど……」


 悠里は俺と肩を組んだまま、うっすらと赤らんだ顔をこちらへ向け――



「ずっと騙しててごめん! 実はボク、女なの!」



 ……はい?


「女?」


「うん」


「誰が?」


「ボクだよ」


「……エイプリルフールは終わったぞ」


「嘘じゃないよっ。ほんとに女子なの!」


 たしかに悠里はかなり小柄だ。先日の身体測定で『背が3センチも伸びてたっ』とはしゃいでいたが、それでも160センチには達していない。


 顔立ちも整っているが、カッコイイ系ではなく可愛い系だ。


 肩まで伸びた栗色の髪が可愛さに拍車をかけているし、こうして肩を組んでいると良い匂いが漂ってくる。



 だが男だ。



 体育のときは同じ場所で着替えているし、連れションに誘えばついてきてくれる。エロい本を広げれば興味深げに覗いてくるし、下ネタをぶっ込んでくることもある。


 そんな悠里が、実は女? 真剣な顔で打ち明けられたが、冗談としか思えない。


「その顔……もしかして春馬、信じてないの?」


「信じるもなにも、ギャグだろ?」


「ギャグじゃないよっ! いまからボクが女だって証明するから覚悟してっ!」


 悠里は俺の正面に移動すると手を掴み、恥ずかしそうに唇を噛みしめて胸元へ誘導する。濃緑のブレザーに手を触れると、わずかに柔らかい感触がした……ような気がする。


「ど、どう? これでわかった……よね?」


「……」


「え、ええっ!? まさか伝わってない!? 嘘でしょ!? おっぱいに触ってるんだよ……?」


「これが、おっぱい……?」


「うわあっ、うわあっ、最悪のリアクションだ! 悪かったね小さくてっ!」


「急にキレるなよ……。しょうがないだろ、イメージしてた感触と違うんだから」


「グラビアばかり見てるから、そんなうっすいリアクションになっちゃうんだよ! あんな大きい胸のひとは滅多にいないからっ! これくらいが普通なんだからっ! 彼女ができて『これがおっぱい?』とか言ったらぜったい嫌われちゃうからね!」


「わかったから怒るなよ」


「わかってくれたならいいけど……ボクが女子だってことも信じてくれた?」


「あー……はいはい。信じる信じる。だから書店寄って帰ろうぜ。早くムッチーナのグラビア見たいんだよ」


「嘘だ! ぜったい信じてない! 信じてたらグラビアの話とかしないよ!」


 悠里はムキになっている。


 ウケると思ってた渾身のギャグがスベったから、やけになってるのか? できればムッチーナのグラビアが売り切れる前に書店に行きたいのだが……。


 どうしようかと思っていると、悠里がベルトに手をかけた。カチャカチャと外し、スラックスを膝まで下ろす。


 ……悠里は、女子のパンツを穿いていた。


「悠里、お前……体育がない日は女子のパンツ穿いてんの?」


「違うよ! 今日こそ打ち明けようと思って、念のため可愛いのを穿いてきたの! さすがにこれなら信じてくれるよね?」


「信じるからスラックス上げろよ」


「信じてるように見えないよ! ちゃんと見て! そしたらわかるから!」


 たとえ相手が親友だろうと、パンツをまじまじ見るのは気が引ける。それが女子の下着となればなおさらだ。


 でもなー……。間近で見てやらないと引き下がってくれそうにないしなぁ。股間の膨らみを指摘すれば、この話にもオチがつく。


 俺を笑わせるために身体を張ったギャグをしてくれるのは嬉しいが、次からはもう少しリアクションを取りやすいものにしてほしいぜ。


「ちゃんと見るからシャツ上げてくれ」


「う、うん……」


 悠里がシャツを上げ、パンツが見えやすいようにする。


 俺はその場にしゃがみ込むと、スカイブルーのパンツを直視する。こんなところをクラスの奴に見られたら、あらぬ誤解を受けそう……ん?


 ふと違和感を抱く。最初は見間違いだと思ったが、どうやらそうじゃなさそうだ。


 ……悠里の股間には、あるべき膨らみがなかった。小さいとかじゃない。無だ。


 え、なんでついてないの……? 戸惑いつつ顔を上げると、悠里は耳まで真っ赤にしていた。


 こほんと咳払いして、おそるおそる悠里にたずねる。



「ええと……マジで女子なの?」


「女子だよ」


「そ、そっかー……」



 マジかよ! 悠里、女子なの!?


 じゃあ俺、女子相手に肩を組んだり連れション誘ったりしてたのか!? どうりで個室しか使わないわけだ。いま思うと、悠里の下ネタだけ生々しかったもんなぁ。


 いままでの悠里に対する言動を振り返ると、急に恥ずかしくなってきた。

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