少年探偵ガジェットと深夜の散歩で起きた出来事

加藤ゆたか

少年探偵ガジェットと深夜の散歩で起きた出来事

「ガジェットくん。あれは深夜の散歩で起きた出来事だったの。」


 その依頼人はそう話を切り出した。

 俺は少年探偵・青山一都かずと

 人は俺を少年探偵ガジェットと呼ぶ。



 月の無い夜だった。

 隣で助手少女のラヴが大きなあくびをする。ラヴは温かそうなニット帽を被り、マフラーを巻いてカーディガンを着込んでいた。

 さすがに深夜はまだ肌寒い。

 俺も出来るだけ温かい格好で来ていた。何しろ、何時までこうしていればいいのかまったく検討がつかなかったからだ。


「悪いね。小学生なのにこんな遅い時間に来てもらって。」

「いえ。少年探偵ですから。」


 特殊捜査課の沖田さんがそう言って俺に冷えたコーラを手渡してきたので、俺は愛想笑いをしつつ飲まずに横に置いた。沖田さんは別に悪い人ではないと思うが、少しズレている時がある。

 俺が少年探偵として沖田さん経由で依頼を受けるのはこれが二回目だった。

 少年探偵である俺は、俺にしか扱えない秘密の探偵道具『ガジェット』を持っている。

 俺は今までその『ガジェット』を使い、いくつもの難事件を解決に導いてきたのだ。



「でも、本当に出るんですかね?」


 ラヴがまた大あくびをしながら聞いた。


「出るわ。絶対に。感じるもの。」


 そのラヴの問いに深刻そうな顔で答えたのは、今回の依頼人の女性……後藤さんだった。


「それにあの日もこんな月の無い夜だったもの。」

「なるほど……。」

 

 ラヴが後藤さんから距離をとるように俺の後ろ側に回った。

 俺たち四人は今、深夜の公園の真ん中に立ってただひたすら夜空を眺めている。

 いや、本当にそうだろうか? 後藤さんはさっきから俺たちばかりを見ている気がするが。


「……ガジェットくん、なんか恐いです……。」


 ラヴがこそっと俺に言った。


「落ち着け、ラヴ。なにかあったら俺が守るさ。」


 俺はラヴをたしなめる。

 後藤さんが俺たちに言った。


「眠くなったのなら、寝てくれていいのよ。出たら起こすから。」

「いいえ、そういうわけにはいきません。」


 正直どうかと思うような依頼だが、少年探偵として依頼があったら受けないわけにはいかないのだ。

 とはいえ眠いのは事実である。

 

「後藤さん。それは、深夜の散歩中に偶然起きたんですよね?」

「ええ。そうよ、ガジェットくん。」

「その時のことをもっと詳しく教えてくれますか?」

「いいわ。あの日、私は気付いたの。冷蔵庫にあるはずのものがないと。」

「あるはずのもの?」

「ビールよ。」

「はあ……。」

「だから、コンビニまで買いに行こうと家を出たの。」

「深夜の三時に?」

「ええ。」


 俺は特殊捜査課の沖田さんの顔を見る。

 沖田さんは、後藤さんには見えない位置で俺に向けて手を合わせて「お願い」のポーズを取った。

 どうやら、沖田さんもとんでもない依頼を受けてしまったと内心後悔しているようだった。

 後藤さんは二十代後半くらいの女性で人形かと思うほど目鼻立ちが整っていた。まるでモデルのようだ。特殊捜査課の沖田さんが後藤さんの前で格好をつけたかったという気持ちもわからないでもない。


「ちょっと気分が良かったものだから、散歩でもしようかと思ったの。」


 後藤さんは僕らの困惑した表情など気にせず、そのまま続けた。


「そうしたら、この公園でそれが起こったのよ。」


 後藤さんは真っ直ぐに雲ひとつない満天の星空を指差して言った。


「キャトルミューティレーション。」

「……。」


 深夜の人気の無い公園を包み込む沈黙。

 ラヴが慎重に言葉を選ぶかのように後藤さんに聞いた。

 

「……それって、牛とかが、ユーフォーに連れ去られるアレ……ですよね?」

「そう。浮いていたわ。」

「それはさすがに……。」

「いえ、確かに見たの。」

「でも、酔ってらしたんですよね……?」

「はぁ?」


 後藤さんがキッとラヴを睨んだので、俺もラヴも思わず一歩後ずさりした。

 俺は再び特殊捜査課の沖田さんの方を見る。

 沖田さんはまた俺に向かって手を合わせて謝るポーズをしてみせた。

 でも、ユーフォー探しはさすがに探偵の仕事ではない気がする。ラヴを誘ったのは失敗だったな。

 せめてラヴだけでも帰してやりたいが、深夜に一人で帰らせるわけにはいかないからな……。



「ガジェットくん……。」


 ラヴが俺の袖を引っ張って目で訴える。

 はぁ。俺はため息をついた。


「そうだな。さっさと終わらせよう。星空は充分に見た。」


 後藤さんはなんかつかみどころが無くて恐いし、沖田さんは本気でユーフォーを探しているのかずっと夜空を見上げているし。頼りにならない大人たちの相手はもうお終いにしよう。

 俺はカバンの中を探った。

 このカバンは俺だけしか使うことができない。

 俺がこのカバンを使う時、中から事件を解決するために必要な『ガジェット』を一つ取り出すことができるのだ。

 俺はもしかして『ガジェット』が何も出なかったらどうしようかと一瞬不安になったが、ちゃんと俺はカバンから『ガジェット』を取り出すことができた。


「これって……。」


 ラヴが目をこすったのは眠いからではない。

 犯人滅殺銃。

 え? また?

 俺のカバンから滅多に同じ道具は出てこない。

 何度も出てくるのは犯人滅殺銃くらいだ。


「犯人……? もしかして、キャトルミューティレーションの?」


 俺とラヴは恐る恐る後藤さんを見た。

 いや、まさか。

 でもそういうことか?

 俺は犯人滅殺銃を後藤さんに向ける。


「後藤さん。」

「何よ……? って、銃!? なんで!?」

「な、何をやってるんだ、ガジェットくん!?」


 犯人滅殺銃を向けられて驚く後藤さんと狼狽える沖田さん。


「後藤さん、あなた隠していることがありますね?」

「な、何を言っているの!?」

「簡単な推理さ。一つ、常識的な大人だったら深夜に小学生を公園に呼び出そうなんてしない。二つ、キャトルミューティレーションなんて現実には存在しない。三つ、犯人滅殺銃が出た。」

「それって推理なの!?」


 まあ、こじつけである。しかし『ガジェット』は絶対に間違わない。後藤さんが俺たちの様子ばかり気にしていたのは、後藤さんの目的がキャトルミューティレーションではなく、少年探偵の俺自身だったからに違いない。

 そうしたやり取りの間も、俺の犯人滅殺銃は後藤さんに向けられていた。


「ふっふっふ。さすがね。」


 後藤さんの態度が豹変する。

 俺は身構えた。

 

「やっぱりただの子供よね。まんまとおびき寄せられて。深夜ならさすがの少年探偵も寝ちゃうかと思ったのよ。でも、こんなにあっさり変装した私の正体に気付くとはね。」

「お前は、あの時の女スパイだな。」

「そうよ。そこの沖田って男と、その助手娘も来るなんて想定外でどうしようかと思ってたのよ。」

「だからってキャトルミューティレーションって。」


 ラヴがすかさずツッコミを入れる。


「そ、そんな。僕は騙されていたのか!?」


 ようやく沖田さんが事態を飲み込んだらしい。


「沖田さん! あいつを捕まえてください!」

「よ、よし!」

「待ちなさい!!」


 女スパイが銃を取り出し、俺に向けた。


「いい? 動いたらガジェットくんに風穴が空くわよ?」

「ひ、卑怯な……。」


 沖田さんが、「だるまさんがころんだ」をやっているかのような変なポーズで停止する。

 俺は女スパイに聞いた。

 

「警察に捕まったはずだ。」

「さあ、どうしてここにいるでしょう? 推理してみたら?」


 推理だと? 眠くて頭が働かないのに。

 いったいどうやって脱獄したというんだ?

 普通に脱獄なんてニュースになりそうなものだし、それこそ少年探偵の俺のところにも捜査協力の依頼が来そうなものだ。

 それが無いということは——。


「しかし、眠いわね。あ〜あ。」

「ガジェットくん! 今です! やっちゃってください!」


 女スパイがあくびした瞬間をラヴが見逃さず、中身入りのコーラの缶を女スパイに投げつけた!


「痛っ!」

「ありがとう、ラヴ!」

「今だ!」


 沖田さんも隙を突いて勇敢にも女スパイに掴みかかり銃を奪い取った!

 

「しまった、油断したわ!」

「どうやら眠かったのは俺たちだけではなかったようだな!」

「ま、また、あの銃で撃たれたらまずい!」


 何か忘れている気がするが俺は女スパイ目がけて犯人滅殺銃のトリガーを引いた。

 

「滅殺!!」

「ぎゃああああ!!」

「ぐああああ!!」


 あっ、そうだ。眠くて忘れていた。沖田さんの距離が女スパイに近すぎた。犯人滅殺銃の有効範囲は結構広いのだった。

 あえなく女スパイと沖田さんは湯気をあげて倒れた。


          *


「なんだったんだ、あいつ。」

「復讐なんですかね?」


 気絶した女スパイは、深夜にも関わらず通報によって来てくれた警察に引き渡された。

 やはり銃刀法違反と脱獄した罪で逮捕されるらしい。



「……うぅ、強烈だったよ……。」


 特殊捜査課の沖田さんはようやく目を覚ましたが、まだラヴに看病されている。


「すみません、沖田さん。」

「いや、今回は僕にも落ち度があるから……。」


 沖田さんはそう言うと、素直に小学生の俺たちに向かって頭を下げた。


「本当にごめん! 君たちを危険な目に遭わせてしまって。」

「いえ、少年探偵ですから。」

「いやそれでは僕の気が収まらない。何か埋め合わせをさせてくれないか? そうだ、ラヴちゃん! 何か欲しいものあるなら買ってあげるよ!」

「ええ……、何でもって……。」

「服でもいいし、たとえばバッグとか、今時の小学生の間では何が流行ってるのかな!?」

「いや……ちょっと……やだ……。」


 さすがのラヴも引き気味になっていたので俺が助け船を出した。

 

「それなら、沖田さん。俺たちにこれからパフェおごってください。いちご抹茶パフェでいいです。」

「それでいいのかい? もちろんだとも、ガジェットくん!」


 こうして俺とラヴは深夜のファミレスで、沖田さんのおごりのいちご抹茶パフェを食べたのだった。



「あれで許してよかったんですか? ガジェットくん。沖田さんが騙されなかったらこんなことにならなかったんですが。」

「まあ、沖田さんがいなかったら危なかったのは確かだしな。」


 少年探偵と言えど大人の助けがなければどうしようもないことだってある。小学生だからな。


「しかし、睡眠は大事だな……。」

「もう眠くて死にそうです……。」

「ごめんな、ラヴ。今回は誘った俺が間違いだった。」

「ううん。いいんです、ガジェットくん。きっと誘われてなかったら私、ヘソを曲げていたと思いますよ。だって私はガジェットくんの助手少女なんだから。」

「ほんとに俺はいい助手少女を持ったな。」

「そうですよ! 大事にしてください!」


 それはそれとして後日やっぱり沖田さんは担当から外された。表向きの理由は脱獄犯に利用されて俺たちを危険に晒したためである。今は牛を追う仕事をしているとかいないとか……。

 まあ、いろんなことがあるが、めげずに少年探偵出動だ!


 ――おわり。

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少年探偵ガジェットと深夜の散歩で起きた出来事 加藤ゆたか @yutaka_kato

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