38万への散歩
暁太郎
距離なんてない
久々に外に出て歩いてみた。見上げると、空に散りばめたような星々の光が視界いっぱいに広がっている。
「手を伸ばせば星に届きそう」という決まり文句がある。月並みな表現だが、使い古されているというのは、それだけ的を射ているという事だ。
不純物のない景色。一面に広がる闇に無数の小さな光。全てが彼我との距離感を消失させ、すぐそこに暗幕のドームがあるような錯覚が湧き上がっていく。
僕は、その中でひときわ綺麗な星へと向かって歩み始める。もちろん、この散歩が望む場所にたどり着く事はない。
ただ、少しでも近づきたかった。遠い地での生活は寂しがり屋の僕に否が応でも郷愁を抱かせてしまう。つまりは、ホームシックだった。
僕は居ても立ってもいられなくなって通信を開き、電話をかけてみた。向こうも今は深夜で、迷惑ではないかという思いが頭をよぎったが、それでも彼女なら許してくれるだろうという期待もあった。
数度のコールの後、鈴を転がすような声が聞こえた。
「……びっくりした。どうしたの?」
「星が綺麗で、一緒に見たいなと思って」
「そういえば、今日は満月だったね」
電話越しに、彼女が歩いて玄関のドアを開ける音がした。
「
「何もなくて広いくせにめちゃくちゃ窮屈」
僕は宇宙服のバイザーから眼前に広がる地球に語りかけるように話した。周りを見渡すと、灰色の地表だけが広がり、その中にぽつんと月面ステーションがあるのみだ。
僕は再び地球を見て、おもむろに言った。
「……手を伸ばしたら届きそうだ」
「本当?」
「そんな気がする」
目線のはるか先に、ちょうど故郷の土地があった。少し目を凝らすと、大きな影の中に街の光が、星々と同じく煌めいていた。
僕は、そこに向けて手のひらを掲げる。
「いま、何してる?」
僕の言葉に、彼女はくすっと笑うだけだった。
384,400km先。
いま、確かに僕たちは触れ合っていた。
38万への散歩 暁太郎 @gyotaro
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