一日に八千歩

夏空蝉丸

第1話

 会社の命令で毎日八千歩も歩くことになった。メタボ対策だそうだ。別に証拠を出さなきゃいけないわけではない。だから、同僚らは適当に歩いたことにしている。けど、俺はそれが嫌だった。嘘を申告するなら、ペナルティを受けても構わないから、出来なかった。と申告をしたいタイプなのだ。


 毎日歩くのが難しい人もいるから、一ヶ月平均で八千歩になれば構わないルールになっている。つまり、休日に数万歩で平日は殆ど歩かない。ってのもルール上は全く問題はない。


 けれども、実はその方が辛い。マラソンが趣味の人はそんな選択もありかもしれないけど、マラソンが趣味の人はなんだかんだ歩いたり走ったりしていて結局は八千歩なんか軽くオーバーしている人ばっかで参考にならない。俺のようにグータラな人間はノルマが溜まると精神的に負けるタイプだ。それでも、と無理をして体を壊すまでがセット。


 なので、日々、頑張って歩くしか無いわけだ。仕事が遅くなったりした日は深夜にでも散歩をすることになる。


 俺の住んでいる場所は田舎だから、深夜ともなると静かなものだ。夏ならカエルが鳴いていたり、騒音を撒き散らす暴走バイクみたいなのもいるけれど、冬は世界が凍りついてしまったのでは? と言いたくなるほどに無音だ。


 だから、あまりの静かさに歩きながらブチ切れるのも当然だよな。うわー、とか大声を出したり、歌いながら歩いたりするくらいは当然のようにやる。勿論、近所迷惑などは発生しない。周囲は田んぼだ。昆虫の苦情係があれば文句を言ってくるかもしれないが、そんなものは当然無い。


 だから、俺も調子に乗ってしまったんだ。深夜の散歩って無敵じゃん。ってスマホで大音量の音楽を流しつつ歌いながら歩いていたわけ。そうしたら、背後から突然声をかけられた。


 やばい。もしかして警察に通報された? と思って焦りながら振り返ったらヤンキーが立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一日に八千歩 夏空蝉丸 @2525beam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ