深夜の散歩で起きた出来事【KAC2023】

近藤銀竹

深夜の散歩で起きた出来事

 やれやれ……


「深夜の散歩で起きた出来事」だって。

 いよいよ厄介なお題が出てきたね。

 どうやら、僕は自由度の高いお題の方がネタを思いつきやすいようだ。


 さて、なにを書こうか。

 うんうん唸っているうちに、夜も更けてきた。もう0時を回っている。


 ネタを考えながら白い鳥SNSを見ていたら、外でテンポの遅い金属音が近づいてきた。なにかヒントにならないかとカーテンを開け、自室の外、自宅のすぐ隣を通る線路に視線を落とす。


 金属音の正体は、線路の保守をする列車だ。照明を点けてゆっくりと進む保線車両は、まるで祭りの山車のよう。淡々と進む姿に勝手にわくわくする。


 だめだ。

 煮詰まった。

 頭を冷やすとしよう。


 僕は部屋着にしているスウェットの上からコートを羽織り、散歩に出かけることにした。


 深夜の街はいい。

 埃は落ち着き、空気が澄んでいる。

 このくらいの時間になると消灯する看板やネオンサインもあるので、心なしか見える星も多い気がする。


 今回のお題は……パスかな。


 ただ散歩するのも癪だから、コンビニで飲み物でも買ってこよう。


 曲がり角から街のメイン道路に出て、誘蛾灯に引き寄せられる虫のように、コンビニへと向かう。


 と、

 コンビニの敷地のちょうど反対側から同じペースで近づいてくる人影。


「あっ」


 同じクラスの寺山てらやま愛香まなかだ。教室では物静かな集団にいる女子。余り表情が変わらない印象がある。

 こんな時間に出歩いて、危なくないのかな。よく親御さんがなにも言わなかったもんだ。


「え……と、こんばんは」


 考えごとをしていると、愛香に先に挨拶されてしまった。


「お……おう……こんばんは」


 夜中に知ってる異性に会うだけで、なんか特別感があって緊張する。


「なにしてるの?」


 また愛香に先に喋らせてしまった。


「え……深夜の散歩で」

「起きた出来事?」

「え?」

「え? ホントに?」


 愛香の表情がぱっと華やぐ。

 

「キミ書いてたの?」

「も……って……」

「わたしも。ネタが浮かばなくて、『いっそ深夜の散歩をしてみよう』って、出てきてみた」


 それ以上の説明はお互いに不要だった。

 彼女は今、仲間にしか見せない笑顔を僕に見せてくれている。

 夜のせいか、意外と可愛いな……って言ったら失礼か。


 僕たちはそのままコンビニに入り、飲み物を購入して退店した。

 帰り際、愛香は一段親しくなったような笑顔で僕の方へ向き直る。


「名前、教えて……くれないよね」

「え……えっと」


 クラスメイトだ。さすがに名前は知っているだろう。彼女が聞いているのはユーザー名だ。

 僕が言い淀んでいると、彼女は女友達にも見せないようないたずらそうな顔をした。


「大丈夫。わたし、タグついてるやつ全部読むから」

「えっ?」

「キミの作品、当てるから。じゃ、おやすみー」


 愛香は、道の向こうに消えていった。


 ……

 …………

 な……なに、この「○○ッ○」の通信教材の販促漫画に出てきそうな出会い!?





 僕も帰るとしよう。

 あーあ。結局ネタは降ってこなかったな。


 時折吹く風は穏やかで汗ばんだ体に心地よい。

 深夜とはいえ、もう冬のコートでは暑い季節になってきたみたいだ。


 コートで覆われていない顔の辺りも暑い。


 なんだか春が近い気がする。

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