夜闇の世界を照らすもの

遊多

夜闇の世界を照らすもの

 私事にはなりますが、最近散歩したときの体験についてお話しさせていただきます。


 半年前に客先へ出向くようになってから二ヶ月ほどで、私は寝つきが悪くなりました。

 中途覚醒は当たり前、月曜日の前は布団に入って数時間眠れない、なんてこともしばしば。


 理由は自覚しているつもりです。

 仕事への適性、人間関係、ケアレスミスの連鎖。

 いまでも客先の方々からは蔑視され、自信など粉微塵となり風に吹かれ。

 唯一、自信を持っていた物書きとしてのスキルも、カクヨムコンの現実に打ちひしがれてしまい。

 二月の半ばより、とうとう一睡も出来なくなりました。


 それ以前より風邪をひいて休んでいたこともあってか流石にまずいと思い、残っていた有給を贅沢に一週間使い療養を始めました。

 休みが明けてから客先へ復帰こそしましたが、今でも衰弱した精神は安定しておりません。

 連載していた小説の筆も進まず、今も私の心は地に足がつかず彷徨っております。

 だからこそ。私は歩きたいときに歩く、この習慣を取り入れる事にしました。


 歩いている間は、創作のアイデアも湧き出ます。

 全身に血を巡らせ、身体で切る空気と共にアイデアを取り入れる。

 その日は、眠れない深夜のことでした。


 普段、私は深夜に出歩くことはありません。

 用もありませんし、何より深夜への恐怖があったためです。

 しかし不眠への恐怖が勝り、翌日が日曜日だったこともあり衝動的に家を出て、春先にも関わらず凍えるような夜風を味わいながら、ただ歩き続けました。


 割と開発が進んでいるせいか、私の住む街は深夜にも関わらず明るいです。

 蛍光灯の付いているオフィス窓と道を急ぐ車を見ると、不思議と心が締め付けられます。

 それでも、眠気と緊張に蝕まれながらも、その日は何故か歩きたかった。

 今でも理由はわかりません。それでも、それだけの価値はあった……そう確信できる光景が、私を待っていたのです。


 ふと通っていた中学校へ向かう道を歩いていると、それは木々の間より姿を見せました。

 木っ葉を模った影から覗く、日本人の遺伝子に刻まれた暖色をした花弁。

 私は身体の重さも忘れ、秘宝へ導かれるように吸い込まれていきました。


 この日は曇っており、月明かりすらもありませんでした。

 頼りは遠くの街灯のみ、それでも人工的な光を吸い、桜が小さな川の側にのみ爛々と咲いておりました。

 闇の世界へ迷い込んだ先で、入口と出口、そして桜花のみが彩る光景。

 そして僅かに顔を出した若葉の生命力を受け。

 気がつくと私は舗装された道に座り込み、深く呼吸するたびに涙が溢れていました。


 後ほどわかったのですが、これは河津桜といい早咲きの桜だったようです。

 花を愛でる趣味のない私はそんなこともつゆ知らず、一人、真夜中の花見を楽しみました。

 息を吸い、吐き、闇の中で輝く生命を感じる。

 それだけで、明後日からも頑張れる。そんな気が湧き、帰ってからすぐに眠ることができました。


 ちなみにその後ですが、私は闇の客先せかいで今日も元気に怒られ続けております。

 中途覚醒も絶賛毎日五回ずつ発生中です。

 桜の花もいつか散るもの、絶対こんなとこ辞めていずれ物書きを専業にします。

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夜闇の世界を照らすもの 遊多 @seal_yuta

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