トラツグミを探しにいこう!(KAC20234)

宮草はつか

トラツグミを探しにいこう!

 ただでさえ人通りの少ない田舎道は、深夜になるとまったく人の気配がしない。車さえも通らない道路を、わたしは首からさげた双眼鏡を両手で持ちながら歩いていく。


「トキ、寒くないですか?」

「あぁ。ななは、大丈夫なのか?」

「はい。早くトラツグミに会いたくて、身体が火照ってるくらいです」


 トラツグミとは鳥のこと。見た目が虎柄模様をしたツグミの仲間だから、トラツグミと呼ばれている。

 今日、学校で友だちのゆうちゃんが、先日部活帰りに夜の道を通っていたら、そのトラツグミの鳴き声を耳にしたと話してくれた。だから今夜は、その声と姿を確かめに、こうして夜道を散歩している。


「もう少し、明るい時間でも良かったんじゃないのか?」


 トキはさきほどから、辺りをキョロキョロと見回してばかり。頭頂部にある髪が、鳥のトキと同じようにピンッと立っていた。警戒している証拠だ。


「トラツグミは暗くならないと鳴かないんです。それに夜のほうが、車の音とかがしなくて、声も聞きやすいじゃないですか」

「だが、夜は危険だ」

「それは、わかってますけど……」

「ネコやタヌキやキツネに襲われるかもしれない」

「そっちですか!?」


 実はトキは、見た目こそ人の姿をしているけど、中身は鳥。鳥は強い想いがあれば、姿を変えることができるらしい。そして訳あって、わたしは今、家でトキを含めて三羽の鳥たちと同居している。他の二羽もいっしょに来てくれれば心強かったけど、みんな用事があって、今回はトキとふたりきりで出掛けることになった。


「あっ、着きましたよ。ここでゆうちゃんは、トラツグミの声を聞いたみたいです」


 たどり着いたのは、町内の神社。拝殿の周りは、うっそうとした林になっている。確かに、トラツグミがいそうな場所だ。

 わたしとトキは境内に入って、しばらく黙って辺りを見回していた。


「フィー、キィー」


 静まり返っていた空間に、突如、か細い鳴き声が響き出す。


「トキ!? 聞きました!? 今のがトラツグミの鳴き声ですよ!」

「あ、あぁ。なな、急に大声を出すな」


 初めて聞くトラツグミの生の声。わたしは思わずトキの腕を握って、声を上げてしまう。

 トキのほうは、びっくりしたように肩を跳ね上げて、顔をひきつらせていた。


「フィー、キィー」

「近くにいるのかな? どこにいるんだろう? 見られるかな?」


 わたしは声のするほうを見ながら、双眼鏡をのぞく。夜だから、やっぱり視界は真っ暗でほとんどなにも見えない。けれども月明かりを頼りに、その姿を探す。


「フィー、キィー」

「あっ、近い。近いですよ、トキっ」


 すぐそばで声が聞こえてきて、わたしのテンションが上がっていく。

 するとトキが、わたしの肩をたたいてきた。


「なな……、あれは……」

「えっ?」


 わたしは双眼鏡を目から離そうとした。けれどもその直前、レンズ越しになにかの姿をとらえる。

 体はタヌキっぽくて、頭はサルっぽい、手足はトラのようで、尾はヘビに似ている。見たこともない化け物の姿が、双眼鏡に映されていた。


「タァァァアアアアアアアアーーーっ!?」

「きゃぁぁぁあああああああーーーっ!?」


 わたしとトキは互いに身を寄せ合い、叫び声をあげた。

 ……って、あれ? 化け物は三メートルほど離れた木の根もとにいるんだけど、肉眼で見てみると、子猫くらいの大きさだ。双眼鏡で拡大した姿は怖かったけど、実物は案外小さくて可愛く見える。


「なな、逃げるぞ!」


 トキはわたしの手をつかんで、必死な顔をしてこの場から逃げようとする。


「ちょっと待ってください! 案外小さいですよ。そんなに怖くないかも」

「十分脅威になる大きさだ!」


 それは鳥の姿の場合ですよね?


「おやおや、人の子が一人と、人に変化へんげした鳥が一羽とは、珍しい」


 その時、不意に声が聞こえた。わたしでもトキでもない、物腰が柔らかそうな青年の声。声のしたほうへトキといっしょに向くと、小さな化け物はネコのように座りながら微笑みを浮かべていた。


「せっかく出会えたのだ。お話していきませぬか?」


 隣にいたトキは限界だったらしく、腰が砕けたように倒れ、気を失った。



   *   *   *



ぬえ?」


 倒れたトキを家まで運ぶなんて、わたし一人ではできない。なので、目を覚ますまで、わたしは境内の階段に座っていた。膝の上には小さな化け物が座っていて、いろいろな話を聞かせてくれる。


「そうだ。この姿は鵺という。古来から日本に伝わる妖獣だ。頭は猿、胴は狸、手足は虎、尾は蛇の姿をして、トラツグミと同じ鳴き声を出すと言われている」

「だから、トラツグミの鳴き声を出してたんだ!」

「実を言うと、我はもともとトラツグミなのだ」

「えっ、どういうこと?」


 鵺さんはとても親切で、背中をなでさせてくれる。ふわふわした毛並みが気持ちいい。尾のヘビはちょっと怖いけど、噛むことないと言ってくれた。初めてヘビに触ったけど、しっとりしたなんとも言えない肌触りで、これはこれで気持ちいいかも。

 鵺さんはこちらを見上げながら、話を続ける。


「我はトラツグミだが、鵺になりたいと思い、鳥からこの姿に変化へんげした。そこで倒れている人の姿をした鳥と同じようにな」

「そっか、鳥って強い想いで姿を変えることができるんだよね。別に人だけに変わるわけじゃないんだ。でも、どうしてこんなに小さいの?」

「それは、我の力が足りなくてな……。この大きさが今は限界だったのだ」


 その時、そばで倒れていたトキが「うぅーん」と声を漏らして目を開ける。やっと起きたみたい。わたしは鵺さんを抱きながら、トキのそばへ近寄った。


「トキ、大丈夫ですか?」

「あぁ……、ん? ななっ!? なにを持っている!? 首を噛まれるぞ!?」

「大丈夫ですよ、トキ? 鵺さんはトラツグミなんです。良い鳥ですから、安心してください」


 わたしはかくかくしかじかと、鵺さんと話したことをトキに伝えた。それでトキはいちおう納得したらしく、わたしといっしょに階段に座る。あいかわらず、頭頂部の冠羽はピンッと立っているけど……。


「なるほど、お前はもともとトラツグミで、鵺にあこがれて変化へんげをしたというわけか」

「えぇ。あの凜々しく妖麗な姿に惚れたのだ。我もああなってみたいと思い、今は旅をしながら修行している」

「だが、待て。姿を変えるには、その姿を強く思い描く必要があるはずだ。鵺の姿をどうイメージしたんだ? そもそも鵺という架空の存在を、どうやって知ったんだ?」


 確かに、例えば人の姿になりたいと思ったら、そこらへんにいる人の姿を見てイメージはできるよね。でも鵺なんて架空の存在を、どうイメージしたんだろう。本でも読んだのかな。鳥だから、そんなことできないはずだけど。


「本物の鵺ならば、いるではないか。そこに」


 鵺さんは、こともなげにそう言った。


「フィー、キィー」


 深夜の境内に、トラツグミの声が響く。

 わたしとトキは後ろを振り返る。そこにいたのは――。




  《おしまい》

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