深夜の散歩中に女の子を助けたら、異世界のお姫さまだった。おれが結婚しないとこの世界が滅びるってマジですか?

藍条森也

中二病だと思い込み……。

 それは、深夜の散歩で起きた出来事。

 その夜、剣道の大会を翌日に控えたおれは緊張のせいか全然、眠れなかった。

 いままでにこんなことはなかったんだが。

 なにしろ、昨年、一年にしていきなりインターハイ三位に入ったものだから今年はまわりからのプレッシャーがすごいのだ。

 「……ダメだ。このままじゃまったく眠れずに朝になっちまう。仕方がない。散歩でもして気分をかえてこよう」

 念のため、愛用の竹刀をもって家を出る。

 男だからと言って安心は出来ない。今時、防犯は最低限の備えだ。

 トボトボと深夜の町を歩きながら公園へとやってきた。

 甲高い声がした。

 女の子の声だ。

 それもまだかなり小さい。

 おれは声のする場へと駆けつけた。するとそこでは、一二、三歳と思える女の子と中年の男がもみ合っているのが見えた。

 ――なんで、こんな時間にあんな小さな女の子が⁉

 って、そんなことはいまはどうでもいい!

 とにかく、あの女の子を助けなきゃ。事情を知るのはそれからでいい!

 おれはその場に駆けつけ、男に向かって竹刀を振るった。

 ――勘違いだったらごめんなさい!

 なにしろ、事情が全然わからない。『父親が家出娘を連れ戻そうとしている』というシチュエーションだってあり得るわけで……。

 だから、充分に手加減はした。

 ……まあ、インターハイ三位のおれの一撃を素人が『手加減』と受け取ってくれるかどうかはわからないが。

 ともかく、おれは男に面を打ち込んだ。男はその一撃で逃げ出した。

 よかった。逃げたと言うことはやっぱり、悪党だったんだな。善良な父親を勘違いで殴らずにすんだ。

 さて。それではなんで、こんな時間に、こんなところに、こんな小さな女の子がいるかなんだけど。

 おれは改めて女の子を見た。

 ――かわいい。

 思わず胸のなかで唸った。

 いや、ほんと、かわいいのだ。ウェーブのかかったふわふわの金髪。白い肌。フリフリのドレス。どこからどう見てもファンタジーマンガに出てくる『お姫さま』そのもの。

 おれは決してロリコンではない。しかし、そのおれから見てさえ思わず見とれてしまうほどにかわいい女の子だった。

 その女の子は『えっへん』とばかりに偉そうな態度でおれを見た。

 「うむ。なかなかの剣さばき。この世界にも腕の立つ剣士はいるものじゃな」

 「はっ?」

 「おっと。言い遅れたな。わらわはメルファンタジア王国第一王女ミィナ。そなたから見れば『異世界の姫』ということになるな。助かった。礼を言うぞ」

 ――ああ、なるほど。中二病患者ね。

 おれは心の底から納得した。

 まあ、これぐらいかわいい女の子だ。自分のことを『お姫さま』と思い込んでも無理はない。ちょうど、中二病にかかる年齢だし。それにしても――。

 フリフリドレスといい、口調といい、全体から湧き出るオーラといい。これは、相当、本気とみた。となれば、乗ってあげるのが年長者の務めというもの。おれはアニメで見た貴族風の挨拶を真似た。

 「いえ。騎士として当然のことをしたまででございます、我が姫」

 「うむうむ。態度も良い。よし、決めたぞ。そなたをわらわの婿にしてやろう。すなわち、そなたはいまからメルファンタジア王国の次期国王というわけじゃ」

 「身に余る光栄。つつしんでお受けいたします。我が姫」

 おれが騎士気取りでそう言ったそのときだ。

 「姫さま!」

 甲高い声がしてメイド姿の女の子が走ってきた。

 歳の頃はおれと同じぐらいだろう。これがまた、こちらもやたらと可愛かったりする。しかも、お姫さまとちがって同年代。おれは思わずドキリとしてしまった。

 メイド姿の女の子はお姫さまに近寄るとあせった口調で言った。

 「もう! 勝手に出かけたりしてはいけませんと何度も申しあげたでしょう」

 「うむ。心配かけてすまなかったな。だが、安心しろ。素晴らしい騎士と出会えたからな」

 「騎士?」

 お姫さまはメイド姿の女の子に事情を説明した。

 その間、おれはふたりに見とれていた。

 なんという美少女コンビ。こんなレベルの美少女たち、アイドルグループのなかにもいない。

 ――しかし、メイドまでそろえているとは……これはただの中二病じゃないな。本物のお嬢さまにちがいない。

 おれはそう思った。

 やがて、事情を聞き終えたメイド姿の女の子がおれに深々と頭をさげた。

 「ありがとうございました。姫さまにもしものことがあれば、この世界は滅びていたところ。双方の世界のためにお礼申しあげます」

 「いえ。当然のことをしたまでです」

 ここは中二病関係なしにそう言うところだろう。小さな女の子が男と揉めていたら助けるのが当たり前だ。

 「今日はもう遅いのでこれで失礼させていただきます。後日改めてお礼に参ります」

 「お気を付けて」

 おれはそう言ってふたりを見送った。

 たしかに、こんな小さな女の子を深夜の町にいつまでも出しておけるわけがない。すぐ帰りたいのも、もっともだ。そもそも、別にお礼がほしくてしたことでもない。

 ふたりを見送ったあと、おれは思いきり伸びをした。

 「さて。おれも帰るか。なんだか、よく眠れそうな気がしてきたぞ」

 そして、おれは家に帰った。

 お礼は後日また改めて。

 あのメイド姿の女の子はそう言ったけど――。

 そんなことがあるわけない。あのふたりはどう見ても上級国民だ。それもかなり上の方の。おれみたいな平民とは住む世界がちがう。もう二度と会うことなんてあるわけがない。

 そうして、おれはふたりのことはあっさり忘れ、ぐっすりと眠りについたのだった。


 インターハイが終わった。

 おれは決勝まで進んだが惜しくもそこで敗れてしまった。

 優勝こそ逃したが、二年にして準優勝なら立派なものだ。まわりも褒めてくれたし、期待に応えることができて一安心だ。

 ――これでやっと、プレッシャーから解放される。

 おれはそう思いながら家に帰った。ところが――。

 家では、インターハイなどとは比べものにならないプレッシャーがおれを待ち構えていた。

 「お帰り。あんたを国家安全保障局の人が訪ねてきてるよ」

 家に入るなり、お袋がそう言った。

 はっ?

 国家安全?

 なんだ、それ?

 なんでそんなもんがおれに会いに来るんだ? 

 とにかく、お袋にうながされるままにおれはリビングに入った。すると、そこにはスーツ姿の中年男性と……。

 「あっ……」

 おれも思わす声をあげていた。

 そこにはあのお姫さまとメイドの女の子がいた。ふたりとも相変わらすお姫さまドレスにメイド姿だ。

 しかも、その横にはさらにふたりの女性。

 ひとりはなんとも凜々しい騎士風の女性。

 もうひとりは思わず目のやり場に困る巨乳の持ち主。

 どちらも明らかにおれより年上のおとなの女性。こんな美女に間近にいられたことは人生初の経験なので思わず真っ赤になってしまう。

 「……はじめまして。国家安全保障局の桜井さくらい俊夫としおと申します」

 と、スーツ姿の中年男性がおれに名刺を差し出してきた。やたらと深刻そうな表情が不吉な予感をさせる。

 「は、はあ……」

 おれはとにかくソファに座った。

 そんなおれを例のお姫さまがやたらニコニコしながら見つめている。

 メイド姿の女の子が立ちあがった。深々とお辞儀をした。

 「改めてお礼申しあげます。こちらにおわすお方はメルファンタジア第一王女ミィナ・アストラス・マリンステラ・カルミラス・レインテージ・ヴァルキュリア・ヴァン・メルファンタジア殿下にあらせられます」

 「は、はあ……」

 長すぎる名前におれは目が点になる。いくら中二病でも凝り過ぎだろ。

 「……中二病ではありませんよ」

 桜井さんが苦り切った表情で言った。

 「……正真正銘、異世界の王国の王女殿下です」

 ……マジ? 

 メイド姿の女の子はつづけた。

 「そして、わたしは姫さまつきのメイドでカラと申します。お見知りおきを」

 「あ、これはどうも、ご丁寧ていねいに……」

 おれも思わず頭をさげる。

 「わたしは、王室親衛隊隊長アルミラ」と、騎士風の女性が自己紹介する。

 「宮廷魔術師メルフェンタラーと申します。よしなに」と、巨乳の女性。

 「あなたさまが姫さまとご結婚なさればわたしをはじめ、このお二方も護衛兼側室としてあなたさまにお仕えすることになります。ですので、こうして共にご挨拶にまいりました」

 結婚?

 側室?

 ちょっとまて!

 何のことだ、いったい⁉

 「あなたさまは、姫さまの求婚をお受けになった。そう聞いております」

 ……たしかに。

 たしかに、そうだ。このお姫さまに『婿にしてやる』と言われておれはたしかに答えた。『謹んでお受けします』と。

 「我が国では王家の婚約は神聖な儀式。ひとたび結ばれた婚約を破棄することはできません。もし、反故ほごにされるおつもりなら、王家に恥をかかせた罪により我が国の全軍をもってこの世界に攻め込み、全人類を根絶やしにすることとなります」

 うぉい、マジかよ⁉

 全世界を巻き込まないでくれ!

 あ、でも、まてよ。しょせん、相手はファンタジー世界の住人。科学兵器で固めたこの世界の軍隊相手にかなうわけが……。

 わずかに芽吹いたおれの希望をメイド姿の女の子、カラはあっさり踏みつぶした。

 「念のために申しあげておきますが、この世界の軍備で我々に太刀打ちできるとは思わないことです。姫さまのもたれる『王家の加護』は味方の力を大幅に引きあげ、敵の力を縛りあげる無敵の能力。この力だけでも彼我の差は歴然」

 ……マジ?

 「さらに、アルミラ隊長の剣技、疾風しっぷう烈斬れつざんは戦車だろうが戦闘機だろうがたやすく吹き飛ばします。また、メルフェンタラー師の魔術はこの世界における核兵器にも相当します。その気になればいつでも都市のひとつやふたつ、灰にできます」

 ……嘘でしょ?

 「そして、このわたし、姫さまつきのメイドであるこのカラは、王家の方々を陰ながらお守りする暗殺者の家系でもあります。必要とあればこの世界の政治指導者ことごとく、一週間で暗殺してご覧に入れましょう」

 おれは恐るおそる桜井さんを見た。

 桜井さんは顔中に脂汗をにじませながら言った。

 「……事実です。極秘のうちに国連軍とメルファンタジア王国軍とで模擬戦を行いましたが、国連軍はなにもできないまま一方的に壊滅状態に追い込まれました」

 ……中二病だって言って。

 お願い。

 「あ、あの、それでですね……」

 「なんでございましょう?」

 「もし、お姫さまと結婚したら、おれはどうなるんでしょう?」

 「もちろん、前線に出ていただきます」

 「前線?」

 「我々の世界は異次元存在であるドゥームたちの侵攻を受けております。この世界にやってきたのも対ドゥーム戦の援軍を求めてのこと。姫さまとご結婚なされると言うことは、次期国王になられると言うこと。次代の王として当然、前線に出て指揮を執って頂かなければなりません」

 どっちにしても、戦争かよ⁉

 「あ、でも、そういう事情ならこの世界を滅ぼしてる場合じゃないんじゃ……」

 「それは問題ありません。物理的な攻撃手段しかないこの世界の軍備ではドゥームに対抗できないことはすでにわかっております。滅びたところで痛くもかゆくもありません。むしろ、いざというときのための避難先が確保出来るので好都合です」

 そこは、問題にして。

 お願い。

 おれは助けを求めて桜井さんを見た。

 桜井さんは『申し訳ない』と表情で語るばかり。

 お姫さまはニコニコとおれを見つめている。その表情はなにを言っても聞きそうにない。

 おれは水の入ったコップを手にとった。

 一息に飲み干した。

 おれの明日は――。

 どっちだ?

                 完

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