Vergessenー18

時計がもうすぐ午後四時半を示そうとしている。

私たちが通う上橋うえはし高校の最寄り駅である上橋駅。

そこから約十分、線路沿いに歩くと飲食店が建ち並ぶ繁華街が見えてくる。

そこの一角にあるビルの一階のドーナツ屋さんに私たちは来ている。

イートインスペースに座るのは変わった顔ぶれの五人。

私と久美ちゃん、それに絵里さんが横に並んで座り、

その向かいには探偵の坂木さんと勅使河原てしがわら警部が座っている。

「おい坂木ィ! なんだこれは!

こんな女学生ばかり集めてどういうつもりだ!

お、お前まさかエン――――」

「てっしー、このドーナツ新商品だってさ。食ってみ」

坂木さんが話を遮るように半ば強引に

勅使河原警部の口にドーナツを突っ込んだ。

「それで? この子たちは何なんだ?」

坂木さんが私の方を向くと同時に聞いてきた。

余計なモン連れてくるなと顔に書いてある。

「彼女たちの情報が役に立つかもと思いまして・・・・」

「はあ? だったらお前、話だけ聞いて一人で来ればよかったじゃねえか」

「それはそうなんですけども――――」

「あたしらが勝手についてきたんだよ。

そもそも今日はあたしらが朱莉と約束してたんだ。

無理やり割り込んできたのはそっちなんだよオッサンども!」

「オッサ・・・・」

絵里さんは会話に割って入ると坂木さんと勅使河原警部に向かって凄んだ。

だが当の本人たちは女子高生に睨まれたことよりも

オッサン呼びにショックを受けているようだ。

「い、いいかい君たち。

僕は将来を有望視され、若くして警部に抜擢ばってきされたエリートでね。

こう見えてまだ二十代なんだよ。

わかるかい? つまりオッサンと呼ぶにはまだまだ・・・・」

「ていうか、

いい大人が高校生の女の子一人呼び出して何するつもりだったんですか?」

勅使河原警部が必死になってオッサン呼びを訂正させようと力説しているが

そんな彼の話を無視して久美ちゃんが睨むような目で坂木さんに疑問をぶつけた。

「この子は友達なんで。場合によっては通報させてもらいますよ」

その言葉と表情は疑いと敵意を隠そうともしていない。

「そうだそうだ!

あたしらの親友に変なことしてみろ、タダじゃ置かないからな!」

絵里さんも右に倣って久美ちゃんに同調している。

「け、警察はマズイ。

お、おおおお・・おいっ! 坂木、どうにかしろ!

そもそもお前がこの子たちを呼んだんだろ! 責任はお前にあるからな!」

しどろもどろになりながら勅使河原警部が坂木さんの体を揺さぶり叫んだ。

あんたが警察だろ、と呆れるように言いながら坂木さんは肩にかかった勅使河原警部の手を振りほどきながら大きなため息をつき、観念したように口を開いた。

「仕方ねえな。まず俺は探偵だ。

こいつはウチの事務所の助手として雇っているバイトだ。

今日は以前から調査を進めていた案件について話すことがあったから

こいつを呼んだんだ。

この場所にしたのは隣のエリート警部さんが落とした財布を

俺が見つけてやったそのお礼に隣のラーメン屋をご馳走してもらっていたからだ。

まあその後さっさと帰らずに『ラーメン食ったら甘いものが食べたくなるよなあ!』とか言ってついてきたのは想定外だけど・・・・

これでひとまずは納得してもらえたかな?」

これでいいか、と坂木さんは絵里さんと久美ちゃんに目を向けた。

二人の表情を確認すると何やら反論している勅使河原警部を無視して言葉を続けた。

「それでだ、仕事の話となると部外者には言えない内容も含まれるから

他に人がいると話せない・・・・お前もそれを承知しているはずだが、

わかった上でなぜ連れてきたんだと俺は聞いてるんだよ」

ここで最初の質問に戻ってきた。

「二人から気になる話を聞いたんです。

もしかしたら仕事の件と関係があるんじゃないかなと思いまして。

それがこの近くでこの後確認に行こうって話になって・・」

おずおずと切り出しながらチラッと坂木さんに目配せした。

そもそも私は高校生三人だけで

マキちゃんを探しに行くつもりなど最初からなかった。

最近のマキちゃんの様子がおかしいのは事件と

関係があるかもしれないと感じていた。

治安が良いとは言えない場所だしどんな危険があるかわからない。

その上相手は魔法などというにわかには信じられないものを操る。

その脅威は未知数だ。

なのでその道のプロに同行してもらうことは私の中では決定事項だった。

あとはどうやってこの気難しい私立探偵の重い腰をあげさせるかだ。

本当はそんな危険な場所、坂木さん一人で行くのがベストなんだろう。

しかし、それではこの二人は納得しないし、

無理に止めても必ず工業地帯に乗り込んでいくだろう。

私自身も自分の友人が危機に瀕しているかもしれないというのに

ジッと待っているだけなんて嫌だ。

そこで考えた作戦はシンプルに皆を会わせてしまい

一緒に行ってしまおうというものだ。

坂木さんも実際に会って話せばこの二人が止まらない人間だとわかるだろう。

「私たちの友人がどこにいるかわからなくて、

その子がこの辺りにいたって話を聞いて探しにいくことになったんです」

私は坂木さんをまっすぐに見つめながら話を続けた。

「ただこの辺りってあまり評判が良いとは言えない所じゃないですか・・」

ここまできて坂木さんも私の狙いに気づいたようで、

「わかったわかった。

じゃあついでにその子も探しておくから情報を寄こしな」

「私と同級生の伊藤真紀子さんです。

昨日この先の工業地帯で見かけたという情報があります。

この写真の子です」

私がスマホの写真を坂木さんに見せようとした瞬間、

勅使河原警部がそれを横からひったくり、自信満々の笑みで語り始めた。

「いやいや、君! 相談する相手を間違っているよ。行方不明者の捜索だってぇ? 

ならばこんな探偵などという胡散臭い男ではなく警察に頼るべきでしょう! 

しかも! なんと幸運なことに! ここに! 若くして警部にまで登り詰めた! 

将来を有望視されているスーパーでエリートな刑事がいるではないですか!」

前髪を手で流しながら何とも演技っぽい口調で勅使河原警部が割って入ってきた。

「さあお嬢さん方。その子について詳しく教えてもらえるかな?

まずは行方がわからなくなった時期だが

最後に家に帰ってきたのはいつかわかるかい?」

「いえ、自宅には一応は帰っているみたいなんです。

ただ朝早くに学校に行くと言って出かけてるらしいんですが学校は休みで

夜は深夜に帰って来てるみたいなんです。」

「・・・・えーと。それってただの夜遊びとサボりじゃない?」

勅使河原警部は私の説明を聞くうちにやる気を失っていった。

「そんなはずないです! マキはおっとりしてるけど、根は真面目なヤツなんです! 部活も勉強もキチンとやってたし、

家族が大好きだから心配をかけるようなことなんてしないはずなんです!」

久美ちゃんが弾けるように立ち上がり吠えるように反論した。

「いやまあ、なんというかさ、思春期にはよくあることだよ。

高校生になって自由になってヤンチャしちゃうなんてことはさ

も、もちろん、そのマキちゃんはいい子だと思うよ! 

ちゃんと家にも帰ってるしさ!」

久美ちゃんに気圧され、勅使河原警部はあからさまに狼狽うろたえている。

「そんな・・・・そんなはずない・・・・

あいつは、マキはそんな人間じゃない・・・・・・

バスケだって、自分はとろいから人より練習するんだって言って

毎日頑張ってたんだ。絶対レギュラー取るんだって息まいてさ。

なのに、最近になって突然おかしくなって、

部活どころか学校にもまともに行かずに・・・・まるで別人みたいなんだ・・」

久美ちゃんは座るとがっくりとうなだれるように俯いた。

メガネの奥の目には涙が浮かんでいる。

その姿を見て絵里さんが彼女の肩を抱き寄せよしよしと頭を撫でた。

意外だった。いつもクールな久美ちゃんがこんなに熱くなることもだが

彼女がマキちゃんにこんなにも友情を感じていたなんて。

本当に大切に思っていたんだ。

「他には?」

「・・・・えっ?」

坂木さんに突然問いかけられ久美ちゃんは面食らったのか、

ポカンと口を開けている。

「他に別人に感じるほどの変化は何があった? 

その違和感を感じ始めたの大体どの時期だ?」

気がつくと坂木さんはいつになく真剣な表情で私たち三人の顔をジッと見ていた。

「ええと、たしか変だなと思い始めたのが一ヶ月くらい前だったかな?

他には忘れっぽさが異常だったのが気になってて・・・・」

久美ちゃんが頭の中の記憶を呼び起こしながら少しずつ説明した。

それに続いて絵里さんが昨日工業地帯でマキちゃんを見かけた話を伝えた。

私がところどころで補足を入れながら

三人で知る限りのマキちゃんについての情報を坂木さんに話した。

「それくらいですかね。・・あ! あとそういえば・・・・・・」

説明も終わりに差し掛かった頃、久美ちゃんが何かを思い出したようだ。

だが私と絵里さんの方をチラッと見ると何やら言いにくそうにまごまごしている。

「大丈夫だよ。私も絵里さんもある程度の気持ちの整理はついてるから」

私は久美ちゃんが抱えているものを察すると、先回りして気持ちを伝えた。

久美ちゃんはギョッとしたように目を見開いた。

それもそうだろう。

まるで心の中を読まれたようなものだ、いい気分はしないだろう。

一瞬、驚いたような顔をしていた久美ちゃんだが、

やがて意を決したように顔を上げると話し始めた。

「あの事件の日、その三年生の人が学校で亡くなった日ですけど、

その日はマキもお昼休みの途中からどっかいったんです。

どっかで寝てて午後の授業サボるっていうのは前からたまにあったんですけど、

その日は放課後に戻ってきたんです。

ちょうど私が図書館から帰ろうとしたところにばったり会って、

それで『こんな時間まで何してたんだ』って聞いたんです。そしたら・・」

彼女は気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をすると、言葉を続けた。

「そしたら、多分あの子は何でもないよって言おうとしたんだと思います。

でも何だか呂律ろれつが回っていない口で

『なナナなナンデも・・ナななな・・』って

まるで壊れたロボットみたいな話し方で、

その時はふざけてるだけだと思ったんですけど、

やっぱり今思い出しても異常だった気がします」

久美ちゃんはその時のことを思い出したのか

体をブルブルと震わせると抱きしめるように腕を組んだ。

「そうか・・・・その日何かいつもと違う事はなかったか? 

その子個人のことだけじゃなくて、学校全体で」

何かあったかなと記憶を探るが、

否応なしに柏木先輩の事件が頭を埋め尽くしていく。

今はそれは置いておかないと。

そう思い頭を振る私の横で絵里さんが呟いた。

「あーそういえばあの日は朝の放送無かったよなぁ」

「朝の放送?」

坂木さんが興味深そうに尋ねた。

「うん。なんかよくわかんないけど、

今年から急にさ、

毎朝ホームルームの時間に全校放送で朝礼みたいなのをし始めたんだよ」

「あれ去年は無かったんですか?」

意外な様子で久美ちゃんが尋ねた。

口には出さなかったが私も同じ気持ちだ。

上橋高校では私たちが入学した時から

毎朝予鈴のあとに五分から十分程度の全校放送がある。

ただそんな朝から早く、

学校に着いて早々に長々とした話を聞かされても眠気が襲ってくるだけなようで、

ほとんどの生徒が何を流しているのか覚えていないだろう。

もちろんかく言う私もその一人だ。

「うん。少なくともあたしが一年、二年の時は無かったよ」

「へえ。変わった学校もあるもんだなあ」

勅使河原警部は呑気にあくびをしながらぼやいた。

その横で坂木さんは何か気付いたように口に手を当てている。

「まさか・・・・いや、しかし・・・・・・・・」

絵里さんの話を聞いた坂木さんはブツブツと考え込みだした。

その表情はとても険しい。

その様子を気にも留めず絵里さんが言葉を続けた。

「それにしても橋本先生も可哀想だよな。

新任で一番若いからって理由で毎日させられちゃってさ」

絵里さんがそう言った途端、坂木さんはハッとしたように大きく目を見開いた。

「なんだと?」

「へぇっ?」

突然の坂木さんの迫力に絵里さんは素っ頓狂な声を上げた。

その表情は少し怯えている。

まああの目つきの悪い顔で見られたら無理もない。

「な、なにが?」

「その朝の放送はいつも同じ人間がしているのか!?」

「そ、そうだよっ! だからなんだって言うんだよお!」

「ちょっとストップストップ! 坂木さん落ち着いてください!

絵里さんが泣いちゃってます!」

私は二人を引き離すように間に入ると、絵里さんを抱き寄せた。

最早絵里さんはヤンキーとしての面影はなく、

まるで獅子に睨まれたウサギのように

すっかり縮こまってしまっている。

可哀想に。

慰めるように私の胸に顔を埋める絵里さんの頭を撫でた。

そんな私たちを気にも留めず坂木さんはまたもやブツブツと呟きながら鬼のような形相で自分の世界に入り込んでいる。

どうしたものかと私と久美ちゃんが顔を見合わせていると、

突如けたたましいコール音が響いた。音の発生源は勅使河原警部のポケットだった。

「勅使河原です。・・・・・・・・え?」

彼は慌てて電話に出るとしばらく黙って相手の話を聞いていたが、

みるみる顔を青くしていき

「はあ!? な、なんだとぉ! 消えたあ? 一体どういうことだ!

まだ意識不明のはずじゃ・・とにかく私が戻るまで待機していろ!」

遂には慌てた様子で叫び始めた。

「急用ができたんで僕はこれで失礼するよ。

それじゃあまた。・・・・・・あ、君たちも言っていた通り

工業地帯の方は危ないから近づかないようにするんだよ」

そう言い残し急いで荷物をまとめると勅使川原警部はそそくさと去って行った。

「何あれ? 言いたいこと言って慌てて帰っちゃったよ」

すっかり泣き止んだ絵里さんが私の腕の中で不満そうな口ぶりでぼやいたが、

その反面、私は顔からサッと血の気が引いていくのを感じていた。

理由は先ほどの勅使川原の電話越しに聞こえてきた言葉だ。

坂木さんにも聞こえていたようで

さっきよりも更に顔つきが険しくなっている。

電話の相手は余程焦っていたのだろう、

大きな声がスマートフォンから漏れ出てきて私にははっきりと聞き取れた。

『――――入院中の酒井健二が病室からいなくなりました!』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『まったく耳が早いな。その通りだ。

病室から消えたのはお前たちが救助した上橋高校の一年生、酒井健二だ。』

坂木さんの電話から馴染み深い女性の声が聞こえる。

『今から三十分ほど前、上橋高校の教師数名が見舞いに来て、

その時に発覚したんだ。

彼らが酒井の病室に入ると窓が開け放たれていてベッドはもぬけの殻だったそうだ。

・・・・山田晃希? 彼はまだ眠ったままだ。

今朝がた一瞬意識が戻ったらしいが、

何か言いかけてすぐに気を失うように眠りについたと報告がある』

「そうか。サンキューな蓮花。あと見舞いに来た人のことと

これとは別で頼みが一つあるんだ」

坂木さんは席を立ち私たちから少し離れた所で電話をしている。

相手は月宮蓮花さんだ。先ほどの勅使河原警部にかかってきた電話について

やっぱり坂木さんも気になっているようで、そのことについて聞いているみたいだ。

『何だ? ・・・・・・・・まさかそれは・・・・まあいい、

確かにそれが事実ならお前の言う通りだ。良いだろうだったら・・・・』

聞き耳を立ててはいるが距離が遠く、上手く聞き取れない。

「何の電話だろう? よく聞こえないわね」

「でも微かに聞こえてくる電話の人、

すごい綺麗な声してるなあ。絶対あれは美人だね」

久美ちゃんと絵里さんも気になっているようで一緒になって耳をそばだてている。

「よく聞こえないね。もうちょい近づいてみようぜ」

焦れた絵里さんが立ち上がろうとした瞬間、

「どこに行くって?」

電話を終えた坂木さんが戻ってきた。

「ええと、おかえりなさい。早かったですね」

「そろいもそろって何やってんだ」

坂木さんが私たちを見て呆れたように呟いた。

「さて、俺も急ぎの予定が入ったから失礼させてもらう」

「え? でも坂木さんそれじゃあ・・・・」

私の計画が狂う。

非力な女子高生三人であの不良のたまり場だらけの地に向かうのだけは避けないといけないのに。

そんな私の気持ちを察したのか

「事情が変わったんだよ」

なだめるように坂木さんが言う。

「・・・・・・一応言っておくが

危ないからお前らだけで同級生の子を探しに行こうなんて思うなよ」

「はあ? やだ――――」

「わかってますよ」

絵里さんの口を塞ぎながら久美ちゃんが答えた。

「あんなヤバいやつらが密集している所に子供だけで行くわけないじゃないですか」

久美ちゃんは坂木さんにそう返したが、絶対に嘘だ。

まず間違いなく坂木さんが去れば私たちだけで行こうと言い出すだろう。

その証拠に目が絶対に行くと言っている。

そもそも彼女のようなタイプが一度言ったことを簡単に曲げるはずがない。

素直に反対意見に従う時は大体裏がある。

今回の場合で言うと

「はあ、そりゃあ放っておいてたらお前らだけで行くよな」

坂木さんも気付いていたようで大きなため息をついた。

久美ちゃんは自身の心の内を見抜かれ、バツが悪そうな顔をしている。

しかし、この状況はマズイ。

このままでは私たち三人だけで向かうことになる。

私の悩みを知ってか知らずか坂木さんが思いがけない言葉をかけてきた。

「そうだろうと思ったんで本当は俺が付き添うつもりだったんだが

代理の人間を呼んでおいた。

いいか、そいつが来るまではここでおとなしく待っていろ」

それが最大の譲歩だ。そう言わんばかりの鋭い視線を私たちに向けてきた。

断ればどんな手段を用いてでも、無理やりにでも私たちを帰らせるだろう。

そう感じさせるには充分な気迫だった。

「・・・・わかりました。その付き人さんが来るまではおとなしくしてます」

さすがの久美ちゃんもこれには折れてくれたようだ。

絵里さんは無言でコクコクと首を縦に振っている。

先ほどの坂木さんが余程怖かったのだろう。

目には涙が浮かんでいるようにも見える。

「・・・・まるで子供のお守りじゃない」

その横で久美ちゃんがぼそっと呟いた。

何かしら不満はあるようだが、

まだ油断はできないが、幸い代理の人物も察しが付くし、

とりあえずの危機は脱したようで私は内心ホッとしていた。


「いいか。あたしは泣いてないからな」

くぎを刺すように顔を近づけながら絵里さんが私たちに言い放った。

「いや、思いっきり泣いてたじゃないですか」

「泣いてない! そういう久美だってちょっとびびってたじゃないか!」

「はあ!? 私がいつ先輩みたいに生まれたての子鹿のようにプルプルと震えてたって言うんですかあ?」

「おまえー! 誰が子鹿だってえ!」

くだらないことでいがみ合う二人に挟まれながら

私は心の中でため息を吐きつつ、ストローからアップルジュースを吸った。

今の私の内を占める悩みはさっきの坂木さんだ。

明らかに何かに気付いた様子だった。

もしかして柏木先輩の事件に繋がる何かを掴んだのかもしれない。

まさか一人で真相を明らかにし、解決するつもりなのだろうか。

そうなれば犯人は警察に捕まり私が手の出せない所へ行ってしまう。

それはつまり柏木先輩の敵を討つチャンスを失うということだ。

そう思うと気が気でない、今すぐにでもここを飛び出して坂木さんを追いかけたい。

だがここを今離れる訳には行かない。

もちろんマキちゃんの事が心配で放っておけない。

それに普通の女子高生はここで友達を見捨てるようなことは言わない。

そんなことをすればこの二人から反感を買うのは間違いなしだ。

まあここに至るまでの経緯を踏まえて今が普通の状態と言えるのかは疑問だが。

「普通ってなんだっけなあ」

「朱莉何か言った?」

「ううん。なんでもないよ」

口に出ていたみたいで慌てて首を振った。

「変な子だなあ」

「あはは」

私は誤魔化すように笑うと話題を変えるべく窓に目を向けた。

店の外には夕方ということもあり帰宅途中の学生や買い物に来た主婦など多くの人が行きかっている。

駅近くの繁華街ともなるとやはり人が多い。

中には見知ったクラスメイトの顔もちらほらと見える。

ほら、今も店の前を横切って行った。

今の子はよく知っているな。特徴的なふんわりとした髪に似合うふわふわとした歩き方。

ボーッと空を仰ぎながらまるで浮かんでいるようにフラフラと歩き、

どこかにぶつかるんじゃないかと見ていて心配になるその様子。

それはもうよく知っている。なぜなら毎朝私の横を歩いているんだから・・・・

私は弾けるように立ち上がると窓を指さして叫んだ。

「マキちゃんっ!」


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異世界帰りの名探偵 雪見弥生 @YUKIMIYAYOI

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