深夜の散歩と赤い女

八万

第1話 深夜の散歩と赤い女

「ん? 誰か付いて来ている?」


 俺はある日を境に深夜に徘徊じゃなかった、散歩をする様になった。夜になると体がウズウズして目が冴えてしまうのだ。たまに深夜に帰宅する人と遭遇するとギョッとされることもある。無理もない。

 今夜も目が冴えてしまい深夜の散歩をしていた。

 じき桜が咲く季節とはいえ夜はまだ冷え込んでいる。

 俺は冷える手をポッケにフラフラとあてもなく歩いていた。


 そんな時に後ろからカツカツカツとヒールが奏でる様な音が聞こえてくるのだ。気味が悪かったがたまたま帰宅中の女性なのだろうと思い直す。

 俺は気にせず散歩を続けた。今日は桜並木の様子でも見に行ってみるか。そろそろつぼみも大きくなっている事だろう。

 しばらく歩くと桜並木が見えてきた。が、それよりも気になるのがずっと俺の後に続くカツカツカツというヒールの音だ。俺は背筋が寒くなる一方どんな女が付いて来ているのか興味が湧いてきた。


 俺は桜並木の下をゆっくりと歩き、時折立ち止まって桜の蕾を確認するふりをしながらチラチラと後ろを振り返る。

 暗くてよく見えないが、赤いワンピースの長い髪の女で赤いマスクをしているのが確認できた。俺が立ち止まると女も止まるが表情は見えない。一体何が目的なのか見当も付かない。とにかく不気味で怖かった。深夜に冷え込む中、赤いワンピースのみで出歩いているなんて異常だろ。


 俺は女の目的が知りたくて声を掛ける事にした。俺は少し歩くとサッと桜の木の陰に身を隠した。

 案の定カツカツカツとゆっくりとこちらに近付いてくる音がする。俺の動悸も早鐘を打つ。


 カツカツカツ……


 音が不意に消える。


 俺の緊張が最高潮となり、耐えきれずにゆっくりと木の陰から後ろを確認しようとした……。

 その時だ。



「ねえ………………何で殺したの? 何でわたしを殺したの? ねえ……ねえ、ねえ、ねえ! ねえええええええええ!!!」


 俺の顔すぐ横でマスクを引き千切った女が絶叫する! 

 顔中血まみれの恐ろしい女の顔を見て全てを思い出した。


 その女は丁度この桜の木の下で俺が殺した女だった。確か春の陽気が気持ちいい日だったな。白いワンピースを着て、サラサラの黒髪をなびかせながら幸せそうに満開の桜を見上げていたっけ。俺はその知らない女をただ殺したくなったのだ。

 思い返してあえて理由を探すなら…………あまりにもまぶしかったから……かな。


 あぁ……そういえば俺はつい最近死刑執行されたんだっけ……。



「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ! ねえええええええええ!!!!!!!!!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜の散歩と赤い女 八万 @itou999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ