夜空を穿つもの

双 平良

夜空を穿つもの

 真夜中に湖の散歩道を歩いていると、突然雨が降ってきた。

 日課の散歩に出た二十三時半。雲は多かったが大きな満月が空を飾り、雨の気配はなかった。それがどうしたことか。日付が変わる瞬間に雲行きが怪しくなった。

 雨具を持っていないじんは慣れた道を急ぎ、近くの神社の軒下に滑り込んだ。

 真夜中の神社は人気ひとけが当然無かったが、湖へ向かう参道に並ぶ灯籠と本堂には灯りがあり、春の暖かさと相まって不思議と落ち着いた心地がした。

「少し雨宿りさせてください。よっと」

 仁はスウェットズボンのポケット内の小銭財布から賽銭を投げ、手をあわせた。

「おや、こんばんは」

「!?」

 突然の声に仁は固まった。恐る恐る声がした方を見ると、賽銭箱の向こうの本殿の扉が開いていた。その奥から紫色の袴に白衣の男が出てきた。若そうに見えたがこの神社の関係者のようで、仁はひとまず心を落ち着かせる。彼は人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、ずぶ濡れの仁の様子を見て、すぐに状況を察したようだった。

「すみません。驚かせる気はなかったのですが」

「あ、いえ、真夜中に神社に来る方が変ですから」

「夜の散歩をする人はいらっしゃるので気にしてませんよ。私も今日は湖が騒がしいのでたまたま本殿にいただけですし」

「湖?」

「雨のせいでしょうか。空気がざわざわします」

 青年は草履を履いて、仁の隣まで出ると雨空を見上げた。

 仁もつられて空を見上げた瞬間、山崩れのような轟音が鳴った。

『!!』

 闇の中、大きな稲妻が空から湖に向かって落ちた。

 同時に、稲妻とすれ違うように湖から天に向かって白い帯のようなものが飛んで行くのを仁は見た。

「???」

 白く光る蛇のようなものだったと、仁は何度も目をこすった。

「見事な春雷でしたね」

「いや、それは分かるんですが、何か、今、いませんでしたか?」

「……」

 おどおどする仁に青年はしばし考えてから口を開ける。

「鯉の滝登りってありますでしょう。それと同じですね」

「?」

 意味を呑み込めない仁に彼は続けた。

「この時期、冬の間は湖の底に棲むものが春雷に乗って外に出ることがあるんです。滝登りの要領と一緒で」

 すごく縁起が良いものなんですよ。

 満足げな青年に仁は返す言葉が浮かばなかった。

「あれは水を司っているので、雨も持って行ってくれる」

 そう言って、青年が指示した方を見ると、分厚い雲の中に大きな穴が開き、その円の中、湖上に満月がぽっかりと鎮座していた。

「いよいよ春到来だ」

 彼は嬉しそうに言った。

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