児童販売機

セントホワイト

児童販売機

 古い昔話のようでいて、昨日か明日か、それとも今日ともいえるほどの近い日の話をしよう。

 雑多にビル群が乱立するような首都ではないが、関東の地方都市に在ったとある噂話のことだ。

 古く寂れた雑居ビルが建つそこは、昔は花街として有名だった。

 男と女の一夜の逢瀬を楽しむ場であり、疲れた男たちが癒しを求める場所でもある。しかし華やかな見た目で飾る街並みには、幾つもの黒い噂が臭い立っているものだ。

 例えそれがネオン光からLEDに切り替わろうとも、独特の雰囲気を消せる訳ではなく、しかし心が荒んだ者にとっては何処か暖かな温もりを垣間見せる。

 そんな明るさを通り過ぎた先には一瞬にして淀んだ空気を醸す地域が姿を見せる。

 そこは昔、一夜の逢瀬によって出来た子供を置き去りにする場所として使われいたと言われており、夜になると何処からか反響した子供の声が聞こえるという。

 だがそんな噂話も昭和の終わり頃に警察数十人規模で調査をして怪しい物は何も見つからなかったという。

 良かった良かったと誰もが安堵してその話はいつの頃からか誰もが忘れていった。


 時代は流れて一人の男が面白がって動画投稿サイトにあげるために現地に行った。

 男は張り切り充電器や夜間のために高価なカメラも携えて現地に行くと、確かにそこは話に聞いた通りに陰鬱な雰囲気を感じる場所だった。

 光りが無く、誰も住んでいないのが分かるほどに明かりが無い。

 誰も住んでいない所為か、先程まであった街灯も途端に間隔が開いて設置されている。しかもその街灯も未だにLEDでは無いので後回しにされているのは明白だ。

 想像以上の暗さにスマホを取り出しライトを使いながら歩き出すと、ほどなくして声を聞いた。

 幼い声だ。男は耳を澄ませて夜闇に響く声に向かってゆっくりと歩き出す。

 大通りから外れ、街灯の僅かな光も見えなくなり、残すところ男自身が持つスマホのライトだけが頼りになる。

 小道を右へ左へと幾度か曲がると、ひとつの明かりが見える。

 現代人にとって見慣れた四角い箱。日本では当然のように裏路地にも設置された自動販売機であり、その光はコンビニの明かりのように夜に安心感を齎してくれる。

 だが、不思議と幼い声はそこから聞こえてくる。

 正直に白状するならば、内心ではこの時点で帰りたかったと後にいうが、自然と足は前へと動いていたのだという。

 心臓の音が煩く聴こえ、それでも幼い声に引かれてしまい、自動販売機を見た。


 そこには、血に染まった生まれたばかりの子供がぎゅうぎゅうに詰められて泣いていた。


 男は尻もちをついて腰を抜かし、しかし一目散に逃げだした。

 人生で最も速く走った男はその日の明け方に帰宅し布団に包まり、頭から消えない泣き声を忘れたくて眠りについた。

 後日、噂話の発信元である自分に男から苦情のような顛末を聞き、驚いた。

 あれは私が考えた創作話だったからだ……。



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