ある人の話

ゆきまる書房

第1話 深夜散歩の怪談集

 ある人の話。

 なかなか寝付けなかったその人が、気晴らしに深夜の街を歩いていた時、近所の塀の上や路地裏、真っ暗な公園の中など街のあちこちに、額に大きな目が一つある黒猫を何匹も見かけたそうだ。


 ある人の話。

 残業で帰りが遅くなったその人が、仕事で疲れた気分を癒そうと深夜の街を散策していたところ、街灯の下に自分と同じ格好をしてこちらに背を向けた、黄緑色に発光している人間を見つけ、怖くなって急ぎ足で帰ったと言う。


 ある人の話。

 大学のサークルの飲み会で帰りが遅くなったその人が、何の気なしに深夜の散歩を楽しんでいると、家主が去年亡くなった廃墟から金切り声が響き、その人が廃墟の前を通り過ぎるまでその声は続いていたと聞く。


 ある人の話。

 些細なことで親と喧嘩をし、勢いで家を飛び出したその人が深夜の街を歩いていると、後ろからコツコツと靴音がしたので振り返ったところ、母親のものと同じハイヒールを履いた膝から下だけの足が、その人の後ろをついてきていたとのこと。


 ある人の話。

 深夜の散歩を趣味にしていたその人が、ある日、その人の前を歩いている人間の背を見つけたところ、突然こちらに振り返った前の人物の顔が抉れており、それ以来、その人は深夜の散歩をしなくなったと言っていた。


 ある人の話。

 深夜の街を散歩して、昼間とは全く違う街中の写真を撮ることを生業としていたその人の父親が突然亡くなり、父親の葬式の後で父親が最期に撮った写真をその人が現像したところ、街中を埋め尽くすほどの恨めしい表情をした人の顔が写っていたんだそうな。


 ある人の話。

 これらの話を読んだその人が、本当にこんなことが起こるのかと数日に渡って深夜散歩を試したところ、「ほんの序の口だった」と言い残して、行方不明になったらしい。


 ある人の話。

 深夜の散歩をする人の多くは、暗闇に潜む「何か」に呼ばれているからだと、その人は言う。

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