師匠がやって来た
杜村
満月の夜に
その公園墓地にはジョギングコースがあって、市が主催する中学校駅伝大会の会場としても知られている。そろそろほころびかけている桜の名所でもあって、墓地とはいえおどろおどろしい雰囲気は無い。
もうひとつ、そこは野良猫たちが多く住み着いていることでも知られている。ボランティアたちが日々世話をし、子猫はできる限り保護、避妊手術にも取り組んでいる。なので「野良猫にエサをやらないでください」ではなく「猫のエサやり後は片付けをしてください」という看板が立っている。
その看板の下で、大きなキジトラ猫がうーんと伸びをした。
キジトラと言ったが、その全身の毛は、不思議とキラキラと輝いているために、角度によっては銀色にも金色にも見える。
彼は伸びの後に、律儀に人間が作った道路の縁石の上を通って歩き始めた。
[キラキラさん、すごいね、きれい!]
[みたことないよ。どこからきた?]
彼の進む方の墓石の陰から、次から次へと猫たちが現れた。
【そなたら、我が見えるのだな?】
[みえるよぅ]
[まぁるいのよりキラキラあかるい]
1匹の仔猫が、夜空の満月を見上げた。その横をすり抜けた黒猫が、輝くキジトラに鼻先を突き出した。
[あれ、あれ? さわれない?]
【おお、そうか。まだこちらに馴染んでおらんのでな。我は遠くから来たのだ】
[そうなの? よくわかんないけど、はなチューしたからね! したよね?]
【うむ。挨拶、確かに受けたぞ】
彼らの様子を見て、ほかの猫たちもキジトラの前に列をなした。鼻と鼻を合わせ(たつもりになっ)て挨拶を済ませた猫たちは、それぞれ不思議そうに己の体を捻ったり眺めたりし始めた。
[なんだか、ぴょんぴょんしたくなった!]
[いたかったところが、なおったよ?]
[かゆくない!]
[はなからポタポタするの、とまった!]
誰もニャンとも言わないが、彼らのたくさんの気持ちが夜の風に溶けて流れる。
【皆、我が与えた気が満ちたようだの。重畳、重畳。よし、少し歩こうではないか。己の意思ではなく放り込まれた異界だが、ここがどのようなところか知りたい】
猫たちが、同じくらいの大きさの淡い光を囲んで、静々と夜の散歩をしている。光の中には何も無い。ただ、空間がもわもわと光って動いているのだ。
ベンチに腰掛けて酎ハイの缶を握ったスーツ姿の中年男は、何度も瞬きをした。
「いかん、いかん。もう帰ろ」
酔っ払いの独り言なぞ気にも留めず、猫たちの散歩は続いている。
師匠がやって来た 杜村 @koe-da
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