『深夜の自動販売機』
岩田へいきち
『深夜の自動販売機』
「これ見てくださいよ。半分しか入ってないんですよ」
なんてことだ。この田舎の大学で1番可愛いと目をつけてる教育学部2年の須美子ではないか?
女子寮の近くとはいえ、こんな深夜に通りかかったこの僅かな時間に、もう寝る前の姿の彼女に出逢えるなんて。おお、神様。いや、この頃、神様は意識してない。
神に誓ってストーカーはしてない。深夜の散歩で偶然ここを通りかかっただけだ。自動販売機の前で待ち伏せなんてしていない。
炭酸飲料1リットルのペットボトルの中身は、どうしたことか半分しか入っていなかった。
彼女もそれを誰かに訴えたくてしょうがない時にたまたまぼくが通りかかったらしい。
絶対、偶然を装ってない。
なんて可愛いんだ。やっぱり、彼女は本物だ。そんな格好で寝るんだとも思った。
この頃、田舎だからなのか、辺りにコンビニは無かった。深夜の買い物となれば自動販売機のみ。エアコンが付いているところは少なく、須美子の寮の部屋もぼくの間借りの部屋もなかった。言訳のように聞こえるかもしれないが、夏は暑くて眠れない。涼しくなった深夜にウロウロ散歩する大学生も少なくない。大学生にとって夜の12時なんて、まだ夜が始まったばかりだ。
ここで、須美子に偶然深夜に出逢うのは、きっと彼女と深い繋がりがあるに違いないと思い、その半分しか入ってないペットボトルと須美子の部屋着、優しい声を記憶に刻んだ。
とは言え、大学で1、2を争う人気者だ。ぼくなんかにはとても高嶺の花だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あれから何十年経っただろう?
やっぱり彼女を忘れることはない。それは、ぼくが結婚して、子どもが出来てもだ。彼女は、ペットボトルの事象と共にぼくに残っていた。
本気で逢いたいと願えば逢えるというマイブームを唱えながら車で会社に向かっていた。娘の小学校の前の横断歩道の脇に先生が旗を持って立っている。
『須美子さん』
終わり
『深夜の自動販売機』 岩田へいきち @iwatahei
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