深夜の街

宿木 柊花

夜に溶けたい

 家を飛び出していた。


 ベッドに潜り込んでも胸の奥にこびりついた何かが重くのしかかってきて、息も絶え絶えに枕を濡らす。

 何かがあった訳ではない。

 学校も友達も問題はなく、家に不満もない。特別人に話せない悩みがあるわけでもないし、勉強が苦手とかもない。


 ただベッドから押し出されるように深夜の街に転がり落ちただけ。


 裸足で歩くアスファルトは想像よりずっと温かく滑らかで、寝間着パジャマ一枚で歩く街は冷たくも流動的で昼間とは違う明るさがある。

 もっと天地も区別がつかないような夜に溶けられると思っていたのに、全然そんなことはなくて夜がどんなに深くなっても街はただの暗いだけの昼間のまま。


 近所で一番高い歩道橋に登る。

 歩道橋は冷たかったけど、小刻みに揺れて猫の舌の上を歩いているような感覚だった。

 深夜だというのに足元を流れる光は一向に減る様子を見せず、頭上の天の川よりもずっと明るく速く流れているに違いない。


 よく遊ぶ公園。

 一人占めだと思ったのに、昼間にをしていた人が遊んでいた。から解放されてやっと子供に戻れたのだろう。

 ブランコを揺りかごのように使い自分自身をあやしながら缶ビールを傾けたり、逆上がりにチャレンジしたり、滑り台の上で黄昏たそがれたり。

 大人であることも大変そうだ。


 通学路の橋の上。

 助走をつければ跳べそうな小川に乗せられた小さな橋。小川は眠っているように静か。

 ━━綺麗。

 覗き込んだそこに星空があった。

 吸い込まれそうなほど重い闇に散りばめられた星の数々は、掴めるのではないかと錯覚してしまうほどの輝きで誘惑してくる。


 やっと求めていた深夜を見つけた。

 時間すらよどむ静寂に思考も闇に溶けいる。

 ここでなら眠れるだろう。

 やっと見つけた安息の地。



 眠りについた住宅地はとても静か。

 昼間の喧騒は太陽と共に消え、生まれたての今日を月が連れてくる。


 眠れなくとも今日は来る。


 望まなくとも今日は来る。

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