深夜の散歩はナンセンスが似合う

筋肉痛

本編

 深夜の小さな児童公園は存在がホラーだ。そもそも夜に利用されることが想定にないから、心許ない光量の街灯がポツリポツリあるだけで、全体的に暗い。その街灯のいくつかが点滅しているから余計に不気味だ。子供達が賑やかに遊ぶ昼間とのギャップが怪異の想像を膨らませる。

 そうは言っても通り慣れた散歩道なので、最早何も感じなくなっていたが、背後から急に声を掛けられた時は心臓が止まるかと思った。


「おはよう、世界。さあ、芸術をはじめようか」


 振り返るとベンチに座った男が大きな声でそう宣言したのだと分かった。暗くて容姿まで確認できないので声色で男と判断した。

 ちなみに今は間違いなく深夜だし、俺は"世界"なんて名前ではない。

 良かった。俺に声を掛けたわけではないらしい。まだ春には少し早いが、あっち系の人が出てきたのだろう。


「どうした?セリヌンティウス!もっと近くに来てよく見てくれ」


 良かった。俺はセリヌンティウスではない。刺激せぬようにいつもと同じペースで歩みを止めないようにする。が、自分の意思では足が進まない。地面に縫い合わされたように動けなくなった。チャクラが使える忍者に影でも踏まれたか?首から上は動くので振り返って確かめる。


 ……結論から言う。まさに踏まれていた。街灯によってできた頼りない俺の影の上に、エレクトリカルパレードも顔負けの電飾たっぷりの全然忍ばない忍者変態が、ゲッツのポーズで立っていた。あの芸人はそんな芸風じゃないはずだが。

 忍者はいつまでも経っても笑わない俺に痺れを切らしたのかポーズを解いて肩をすくめた。懐から巻物を取り出し広げて俺に見せる。ご丁寧にスマホのライトで照らしながら。いや、電飾で十分明るいよ。


『こんばんは、いい天気ですね』


 巻物にはそう書いてあった。忍者は俺が読んだ事を確認すると巻物を放り投げて、懐に手を突っ込む。しかし、目的の物が見つからず焦った様子を見せる。

 しばらくそうしていると、何か思いついたのか手をポンと叩くと、クナイを俺の影に刺してどこかへ消える。クナイにも影縫いの効果があるか?と疑って体を動かしたら、普通に動いた。

 なるほど、鎖に繋がれ続けたライオンはしばらくして鎖を外しても逃げないという。その心理的効果を狙ったの……いや、ただのバカだろう。


 今度は流石に駆け足くらいのスピードで出口に向かって進み出すと、途中でジャングルジムが立ちはだかった。いや、正確に言うとジャングルジムの中に入って、それごと運んできた全身白タイツの人間が、だ。


「どうだ!?ブルータス!この風刺アート。お前になら分かるだろう」


 声で分かった。ベンチにいた奴だ。

 でも、良かった。俺はブルータスではない。ジャングルジムを乗り越えて出口へ向かう。ジャングルジムの手触りはフワフワした。どうやら空気で膨らましているらしい。

 

 ガラガラガラガラ。


 今度はキャスター付きのホワイトボードが行く手を阻んできた。忍者だ。


『最近どうですか?』


 ホワイトボードにはデカデカとそう書いてあった。

 なるほど、この忍者は対人接触に難があるんだな。いわゆるコミュ障。だから、初対面の定番ワードをわざわざ文字起こししているんだね。そうか!コミュニケーションが取りたくないから忍者になったんだ。誰にも見つかりたくないけど、独りぼっちは嫌。そんな矛盾した感情が、その人間イルミネーションなんだね。そうか、君も苦労……


「いや、どうでもいいわ!!」


 ホワイトボードを蹴飛ばし、道を開く。出口に到達して振り返ると、小道具を急いで片付けて、逃げるように立ち去る2人の姿があった。

 そんな風に逃げるなら最初から絡んでくるなと呆れながら前を向くと、彼らが逃げた原因が現れた。警官だ。なるほど、司法を恐れる理性は残っていたようだ。


「き、君!!なんで全裸なの!?」


 警官は懐中電灯で俺を照らし、顔に緊張感を走らせた。

 しばらく、深夜の散歩はお預けになりそうだ。

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