季節外れの盆踊り大会

那由羅

此岸と彼岸を祭りは結ぶ

 隠居した身であれば、暗くて狭い場所でも『住めば都』と言えるかもしれないが、子供となるとそうはいかない。

『たまには息抜きを』と周りにも促されてしまい、老人は孫娘の美月みつきを連れて夜中に出掛けて行った。

 何でも、今夜は近くの公園で盆踊り大会が行われるようなのだ。


 幼い内に家族と離された孫娘にとっては、たとえ真夜中の散歩であっても嬉しいものらしい。まあ普段が普段だから、暗い場所は慣れっこなのだろう。

 ほんのりと蛍光灯が道を照らす中、太鼓と音楽が鳴る方へと歩みを進めて行った。


「ゆう君、いるかなぁ? おじいちゃん」


 ゆう、というのは、老人のもう一人の孫であり、この美月の弟だ。事情があって美月は老人が預かり、悠は息子夫婦と暮らしている。

 同じ地域に暮らしてはいるが、互いに時々しか会いに行けない。まあ、大した話し合いすらも出来ないのだが。


「さぁて、どうかなぁ。悠も大きくなったろうから、こうした祭りに行く時間があるかどうか…」


 そうはぐらかしていると、盆踊りの会場が見えてきた。提灯で囲まれた空間に、美月は上機嫌にスキップしながら足を踏み入れた。


「わぁ…!」


 そう大きくはない公園の広場が、盆踊り大会の会場だ。中央に木のやぐらが組み上げられ、紅白の飾りが周囲を彩る。やぐらの中央には和太鼓が置かれ、音楽に合わせて奏者がばちを振るっていた。


 やぐらの周りには、浴衣姿の老若男女が踊っており、大盛り上がりだ。広場の縁には屋台が軒を連ねており、そちらも人の行き来がある。たこ焼き屋、かき氷屋などの食べ物屋の他、お面屋や金魚すくいなどの屋台もあるようだ。


「おじいちゃん、おじいちゃん。おどってきていい?」

「ああ、行っておいで」


 促すと、美月は大喜びで踊りの輪の中に入って行った。踊り方を知らないながらも、見様見真似で一生懸命踊りを合わせてみせる。


 踊りにも屋台にも興味が無い老人は、ベンチに腰掛けて会場の光景をぼんやりと眺める。


 こうした場には、人も、人ではないものも入ってくるものだ。

 天に輝く星や会場を照らす提灯だけでは、それらを区別するには心許ない。

 しかし彼らは、自らの在り方を正しく理解している。彼らがわきまえているからこそ、互いに意識せずに祭りを謳歌して、互いの住処へと帰って行ける。


 故に、彼らと一堂に会するこうした場は、老人にとっても貴重と言える。

 決して、彼らと交わる事は出来ないとしても、だ。



 ◇◇◇



「おじいちゃん、おじいちゃん。あれ、もしかしてゆう君かなぁ?」


 気が付けば、美月が老人の側に戻ってきていた。長らく物思いに耽っていたようだ。美月の右手には食べかけのバナナチョコが握られていて、それなりに楽しんだ事が伺えた。

 美月が左手で指差した先には、屋台の側でいちご飴を食べている男女がいた。


 男の方は、身の丈は老人よりも頭一つは高いだろうか。黒髪を短く刈りそろえた紺色の浴衣が似合う好青年だった。

 女の方は、茶色い髪を結い上げ金魚の模様が入った浴衣を着ていた。美人、というよりは可愛いと表現するのが似合う女性だった。


「おおぉ………悠に違いない。たかしの若い頃によう似とる。大きくなったなぁ」

「となりの女の子、かのじょかなぁ。…ゆう君も、のね」


 近所の誰かの真似だろうか。少女らしからぬませた物言いに、老人は失笑した。


「ねぇねぇ。手をふってみてもいいかなぁ。わたしのこと、きづいてくれるかなぁ」

「やってみるといい。あの子は優しい子だから、応えてくれるよ」


 老人にそう言われて、美月は意気揚々と悠に向けて手を振り出した。


 悠は、こちらに気付いて最初の内は困惑した様子だったが、やがてそれが自分の事だと気付くと、ちょっと照れ恥ずかしそうに小さく手を振り返してくれる。


「良かったねぇ───さぁ美月、そろそろ帰るとしよう」

「うん!」


 祭りも満喫して悠とも会う事が出来た美月は、十分に満足したようだ。

 これで当分は彼女の我が儘を聞かなくて済む───と老人は胸を撫で下ろした。食べた物の後片付けをして、美月と共に盆踊り会場を後にしたのだった。



 ◇◇◇



「あー、それはなぁ………多分、親父と美月だろうなぁ…」


 翌日。

 杉原 悠は、昨晩の出来事を父の孝に話すと、にわかに信じがたい答えが帰ってきた。


「親父って…じーちゃん、だよな? それに、美月って…」

「そ。俺の可愛い愛娘。可愛くないお前の姉さんだよ。…病気で、な」


 まだ若いと思っていたが、ついにボケてしまったのだろうか。

 他人事のように言う父が別の生き物のように思えて、悠は頭を抱えてしまった。


 姉の美月もそうだが、悠の祖父義孝よしたかも三年前に亡くなっている。

 悠は、すでにこの世にはいない近親者と遭遇した事になる。


 ぞわ、と鳥肌が立った。あの時は何も思わなかったのに、今はあの場の何もかもが気持ち悪い。


「い、いやいや、おかしいだろ?! 死んだ人間が出てきたって言うのか?」

「お前には昔っから口酸っぱくして注意しただろが! 『この時期に真夜中をあんまり出歩くな』って」

「こ、子供だましにいつまでも付き合う訳ないだろ? ってか具体的な事なんも言わなかったじゃん!」


 かつて父からクドクドと言われた事を改めて思い出し、悠は渋い顔をした。子供を戒める根拠のない迷信だと思っていたから、全然さっぱり忘れていたのだ。


「な、なぁ、それで…その。祭りに行ったら、どうなるんだ…?」

「ああ、ざっくり言うとな───霊感が、強くなる」

「は?」

「血まみれのばあさんに追っかけ回されたり、便所に居座る中年男に遭遇したり、肩こり目眩頭痛腰痛とかが結構しんどい! まぁ、一時的になんだけどな」


 口の端を吊り上げてサムズアップする孝の顔には、大量の汗が噴きこぼれていた。どうやら孝も同じ光景に遭遇し、同じ目に遭ったのだろう。


君江きみえちゃんにもちゃんと伝えとけよ? 気休めにしかならんが、お祓いなんかも考えとけ」


 彼女の名前が孝から出て、悠の体が強張った。コンビニ帰りに君江と会ったのは偶然だと思っていたが、何か意図が込められているような気がしてしまう。


「美月が寂しくなったのかも知れないなあ。お前と遊びたくて、招き寄せたのかもな」

「勘弁してくれよ…」


 姉の美月が亡くなって、十年以上は過ぎている。悠にとってはもう過去の人で、アルバムなどで辛うじてその顔を思い出す程度だ。


 十年会ってない親戚と顔を合わせても普通に気まずいのに、加えて死別した姉だ。

 まともに会話出来る気がしない。というか、絶対ロクな目に遭わない。


「なあ、親父…」

「あん?」

「…オレ、このまま墓参りに行ったら、どうなんだ?」


 そう。悠は孝の車に乗せられて、墓参りに付き合っているのだ。

 何となく気になって、一人で出かける孝に慌てて声をかけてついてきたのだが───まさか、こんな事に、なろうとは。


「俺の分まで、美月と遊んでやってくれ!」

「無理だろ?! やだおうちかえるぅ!!」


 悠の必死の懇願も虚しく、車は山間の霊園の駐車場に入って行く。

 そこから悠は、昨晩の外出を後悔するくらいに愕然とした。


 天気が悪いのだと思っていた。あるいは、花粉や黄砂で視界がしらけているのだと思い込んでいた。

 でも、違ったのだ。


「こ、こ、これ、全、部───?」


 霊園の駐車場から、白い帯を伸ばした浮遊物が徘徊していた。

 数えるのも馬鹿らしかった。霊魂と言うべきそれは、握り拳程度から平屋をまるまる覆える程度まで様々だ。それらが幾重にも折り重なっていて、霊園全体が霧がかってすら見えた。


 ぶわ、と鳥肌が全身に広がった。震えが、涙が、鼻水が、止まらない。この場から逃げろ、追い付かれるな、逃げ切れ、と身体が訴えている。


「む───無理無理無理! 親父、今すぐ車を出───」


「ゆ う く ん 、 あ そ ぼ」


 運転席から聞こえてきた少女の優しい声音に、悠はひゅ、と小さく悲鳴を上げた。見なければいいものを、恐る恐る孝の方を見てしまう。


 昨晩の可愛らしい少女の姿は、祭りの提灯が見せてくれた幻想だったのだろう。

 孝の肩の上に乗っているは、眼窩がんかは落ちくぼみ、苦しんでいるような、悲しんでいるような表情を浮かべていた。何かを求めているように、縋りつくように、悠に向けて手を伸ばしている。


「───~~~~~~っ!?」


 悠の声にならない悲鳴は、物静かな霊園にむなしく響き渡っていた。



 おしまい

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