羽衣、クッキー、ハーブティー。
神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)
第1話
「さーかーきーくーん、あーそーびーまーしょー」
どう考えても、遊びの誘いである。いや、しかし。時計を確認してから、玄関に立つ。
「あのさ、馬鹿なの?」
「今から
ドライヤーも面倒だったのか、ボサボサの頭。スモックタイプのパジャマに、カーディガン、足元はサンダル。残念ながら、これが僕の恋人である。手には、水筒とクッキー缶の入ったかご。
「え、遠足? 夜中の一時に、出掛ける気なの? 本気?」
「本気も何も、石矢君のお姉さまからのお達しなのよ。『今夜、うちにあの子一人しかいないから心配で、とにかくようす見てきてくれる?』と、寝る前にメールが来て」
ケイタイの画面を見せられる。
「石矢君は、何歳児だと思われているのだろうか…。高校生、男子だぞ?」
「あー、それは仕方ない。だって、お姉さま二人が、赤ちゃんのときから育てたんだもん。弟というより、息子だよ」
「石矢君…」
同情を禁じえない。一旦、部屋に戻り、パーカーを羽織る。夜の散歩道。ふくろうが鳴き、星が瞬いている。
「いや、てかさ。実際問題として、石矢君よりも君の妹のほうが年下なわけじゃん。と言うか、妹見てろよ、君は」
「は? 別に、熱出しているわけでもないし平気だよ。あの子寝つきいいし。それより、石矢君がおうちでひとりぼっちかと思うと、もう居ても立ってもいられなくって!」
頭わいてんのか、この女は。そんなこんなで、石矢家に到着。自宅の敷地内で動物病院をやっている。なので、今も看板が煌々と輝いている。
「いーしーやーくーん、あーそーびーまーしょー」
「デジャヴって、こういうことを言うのかな…」
ひとりごと。
玄関脇のはきだし窓が、遠慮気味に開く。
「
不審者を見る目である。そのとおりなので、反論はできない。
「ハーブティーと、クッキーのお届けでーす」
かごを掲げて、指差す。石矢君が破顔する。
「石矢君のお姉さまから、うちの子見てきてーって頼まれて」
「そうなんだ。二人とも、わざわざありがとう」
石矢君。素直で可愛い。なんだかお姫さまのよう。
「ん? 石矢君、その頭から被っているのは何か」
舞台に立つ踊り手のように、着物か何かを被っているのだ。
「え、姉の浴衣だけど」
こてんと首を傾げる。僕は、納得した。
「石矢君が幼児扱いされるのも、むべなるかな…」
「えー、能の『羽衣』みたいで、可愛いじゃん」
むしろ、似合っているから問題というか…。
「さあ、お夜食。お夜食」
三人で、ぽりぽりとクッキーを食べる。
「呉さん、妹さんは?」
「んー、寝てるよ。たぶん」
「へえー、えっ?」
二度見する、石矢君。
「もうお前帰れよ」
「そんなこと言って、私が帰ったら石矢君にえっちなことするんでしょうが!」
「しねえよ!」
石矢君が、声を立てて笑う。
「僕はもう大丈夫だから、二人とも帰って」
呉さんと、視線を合わせる。
「ん、じゃまた学校で」
「またね。呉さん、坂木君も。来てくれてありがとう」
帰り道は、軽くなったかごを持たされた。片手は、手を繋がれて。呉さんが、適当に作った星座を眺めながら。
「あ、流れ星」
呉さんがキョロキョロする。立ち止まり、言った。
「ま、星なんてどうでもいっか。どうせお前が私の願いごとを叶えてくれるしな」
「そうだね」
呉さんの願いごと。僕が、手助けをする。たとえ、残された妹が哀しむことになったとしても。
うん。僕は、深く顎を引いた。
羽衣、クッキー、ハーブティー。 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho
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