星降る夜のスライミアロード

汐海有真(白木犀)

星降る夜のスライミアロード

「なあエト、知ってるか? 世にも珍しい"スライム"のうわさ


 冒険者の集まる喫茶店きっさてん『アリシス』にて。カウンターでレモンティーを飲んでいた僕は、マスターのジェスさんにそうやって声を掛けられた。僕は首をかしげながら、彼に向けて微笑みを返す。


「世にも珍しいスライム、ですか? もっと遠くの地方には、ティアースライム、ブロードスライムといった別種べっしゅがいると聞きますが、そういった子たちのことでしょうか」

「いやいや、違うよ。この町の近くに、『スライミアロード』があるだろう?」


 僕はうなずいた。スライミアロード――スライムしかモンスターが生息していないことから、名付けられた道だ。

 そもそもスライムは、モンスターにしては珍しく人間への敵意が余りないので、討伐依頼が出されることもほとんどない。そのためスライミアロードは、もっぱら散歩道として扱われていた。


「ありますね。けれど、スライミアロードには、最もオーソドックスなスライムしか生息していないはずですが」

「はは、エトもまだまだ情報不足だな。晴れている日の深夜にだけ、とても綺麗きれいなスライムが現れるんだよ」


「へえ、そうなんです? 夜は大体寝ているので、全く知らなかったです」

「エトは早寝早起きだもんなあ。今夜はよく晴れるらしいし、たまには夜更かししてみたらどうだ? きっとうわさのスライムと出会えるぞ」


 にっと笑ったジェスさんに、僕は「ありがとうございます」と感謝を伝えて、再びレモンティーに口を付けた。




 世界は濃い夜に満たされていた。僕は光の魔法を使って辺りを微かに照らしながら、スライミアロードに向かっていた。夜風に吹かれた草原が、さらさらと優しい音を立てている。


「確か、もうすぐだったと思うけれど……」


 僕はひとりごちながら、ゆっくりと歩く。普段は眠っている時間に起きているからか不思議な高揚感こうようかんがあって、夜更かしが好きな人たちの気持ちが何となくわかる気がした。


 気付けば、スライミアロードに到着していた。僕の他に人はいなくて、微かに響いている自分の足音を聞いていた。世にも珍しい綺麗きれいなスライムとは、一体どのような見た目をしているのだろう? そう考えながら、進んでゆく。


 ぽよよん、と音がした。僕は目を見張ってから、光の魔法の範囲を拡大する。そうして現れたスライムに――僕は、驚きの声をらした。


 星空が溶け出したかのようなスライムだった。透明な身体は紺色に染まり、淡い金色の粒が散らされている。楽しげに跳ね回るものだから、きらめきが舞っているようにも見えた。


 また、ぽよよん、ぽよよんと音がして、小さなスライムが二体、先程のスライムについていく。家族だろうか、そのスライムたちにも星空がまぶされている。


 僕はようやく、彼等かれらの秘密に気付いた。ふと見上げた空に、スライム達が持っているのと同じ色合いをした星々が、美しく広がっていたからだ。


「……なるほど。反射、か」


 昼に出会うスライムが青色をしていたのは、透明な身体で澄んだ空を反射していたからなのだろう。だから今は、こういった幻想的な見た目をしているのだ。


 仲睦なかむつまじく跳ねている三匹のスライムを見つめながら、「確かに綺麗きれいですね、ジェスさん」と僕は呟いて、微笑んだ。

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