☆KAC20234☆ 健気な片思い (猫田と谷川さん)
彩霞
夜のパトロール
谷川さんとは毎日会っているから忘れていたが、最近彼の家の周りをパトロールしていない。それを思い出した俺は、深夜に散歩がてら彼の家へ向かった。
俺の活動時間は大抵日が昇っているときだが、「敵」はいつ何時来て、谷川さんに色目を使うか分からない。そのため訪問する時間をずらして、変な奴がいないか確認することは俺にとっては大切なことなのだ。
暫く歩くと、谷川さんの家に着いた。ご近所なのでそれほど時間はかからない。
和風建築の家の玄関には、ほんわりと柔らかい光が灯っている。俺は暫くその光を眺めた後、そっと谷川さんの家の敷地内に入った。
谷川さんは独り暮らしだ。玄関以外の部屋の明かりは見えないので、きっともう床に就いているのだろう。とにかく起こさないように静かに歩く。
——異常なし、か。
家を一周したのち何もないことを確認した俺は、玄関の前へ戻ってきていた。これで心置きなく眠ることができる。我が家に帰ろう、そう思ったときだった。背後に何かが近づいた気配があった。
俺は振り向きざまに跳び
ダークがこちらに近づき玄関の光の前へ来ると、真っ黒い毛で覆われた姿が露わになる。
「おや、梅太郎じゃないですか、久しぶりですね。元気にしていましたか?」
ゆったりとした口調で尋ねる彼に、俺は牙をむいた。
「『元気にしていたか』だって? そんなことよりてめぇ、分かっているんだろうな」
「何がです?」
ダークの金色の瞳が、俺をじろりと睨みつける。
「俺の縄張りに入っているってことだよ」
するとダークは、ふん、と鼻で笑い、「ここは私の縄張りです」と言った。
ふざけた野郎だ。前から「谷川さんの家」は俺の縄張りなのに、ちょっと行かなかったら勝手に縄張りを言い張られる。猫っていうのは、油断も隙もない。
「やんのかてめぇ!」
「受けて立ちましょう!」
睨み合った俺とダークが、にゃにゃにゃー! みゃー! と叫んで戦い始めたときだった。
突然谷川さんの家の玄関の引戸が、勢いよく開いたのである。
「うるさーいっ」
にゃっ‼
俺は戦いに夢中になりすぎていて、谷川さんが来ることに全く気が付かなかった。そのため「危険」だと思った体が反射的に反応し、一目散に逃げたダークを追って谷川さんの敷地から飛び出していた。
暫く走ってようやく安全なところにくると、俺は先ほどの出来事を振り返り、ほっと胸を撫でおろした。
谷川さんってば、きっと俺のことが心配で見に来てくれたんだなー。それに、ダークを追っ払ってくれたし、なんて優しい人なんだ。谷川さんの愛は、間違いなく俺に注がれている——。
***
「谷川さん、これ頼まれていた書類です」
「ありがとう」
「それと……昨夜、猫が来ませんでしたか?」
猫田梅太郎は、職場の上司である谷川に尋ねた。すると彼はちょっと驚いた顔をしたあと、「そうなんだよ。良く知っているね」とほわわーんとした優しい声で言う。
猫田はその声にうっとりしていたが、はっとして「俺の家にも来たんで」と付け加えると、谷川は困ったように笑った。
「そっかぁ。猫田君のお家では騒がしくなかった?」
「え? あ、うるさくはなかったですけど……」
「いやぁ、僕のところでは庭で喧嘩しててねー。思わず叱っちゃったよ」
「その節は助かりました」
「うん?」
不思議そうな顔をする谷川に、うっかり自分のことを話すところである。慌てて、猫田は訂正する。
「あっ、じゃなくて……! 縄張りを守りたっかったんですね、その猫!」
「そうかもしれないけど、僕は困るなぁ」
声だけでなく顔もほわわーんとしている谷川は、眼鏡をかけた細い目をさらに細めて言う。猫田はそれを聞いて「困るとはどういうことだろう?」と思った。
「ど、どういうことですか?」
恐る恐る聞くと、谷川は仏のような優しい顔でこう言った。
「だって他人の家なのに縄張り争いするんだもん。だからどの子も可愛いけど、好きにはなれないんだよねー」
猫田はその言葉にががーん! と衝撃を受け、さらに耳の奥で木霊するのを聞いた。
——谷川さん、俺が猫のときは縁側で膝の上に載せてくれるし、滅茶苦茶優しく撫でてくれてすっごく可愛がってくれるのに、好きじゃなかったんですかー⁉ しかも、「どの子も」って……! 俺一筋じゃなかったってことですかーーー⁉
猫田は心の中で叫び、がくりと項垂れる。
「猫田君?」
暗い表情を浮かべた猫田に、谷川さんは心配そうだけれど、やっぱりほわわーんとした顔を向けた。
「あ……、いえ……、何でもないです」
化け猫である猫田の思いが谷川さんに届くのは、まだ先のことのようである。
☆KAC20234☆ 健気な片思い (猫田と谷川さん) 彩霞 @Pleiades_Yuri
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