13話 ファンサで拾う命あれば落ちる命もあるといいます

 痛い。非常に痛い、横から突き刺さる視線が。



「……何かご用? ティナ」



 何も答えてくれない。それはそうだろう。後ろにはクィルとステューがいる。ティアナはただぴっとりとゾフにくっついて、不満げな視線を注いでくるばかりだった。

 美人は怒っても美人。今日の収穫である。



 ルシル、エレーナ、ティアナの3人でランチしているところにゾフがクィルとステューを連れていった。

 ティアナにこちらに来てほしい旨を述べると、彼女は案の定人語を忘れたインコのように「ひょわわわわわわ……!」と鳴いた。

 毎日このメンバーでお昼を食べているのだから、そろそろクィルの顔面にも慣れてほしいものなのだが……そうはいかないのが乙女心らしい。

 クィルから最大限距離を取り、エレーナは質問に答えた。



「自分には特別な力があるという自覚はありますか?」

「……い、い、い、いえ、ございません……」

「では、銀乙女という言葉の伝承があなたの故郷にあったりは?」

「と、と……くに、はい、ございませんわぁ……」

「どうしてここに通うことに?」

「え、えっと……クラウディア伯爵のご好意で……は、やめに……社交に慣れていた方が良いと……」

「オイ」



 静かに問答を眺めていたクィルが声を上げた。それだけでティアナの肩が飛び上がる。



「なんで俺の方を見ねぇんだ、さっきから。イライラするぜ」



 ドスの効いた声って掠れて魅力的だよね。

 ティアナに一層強くしがみつかれたゾフは遠い目でそう思った。



「……あの、彼女は北方の外れの生まれにございますわ。失礼ながら、クィル様のお見事な黒いお髪に見慣れないのかもしれません」

「ふぅん?」



 本当に嘘ではないが、ゾフはティアナを庇ったつもりだったのだ。

 本当に、純然たる好意だった。

 クィルはティアナに一歩近付くと、ティアナの顎を持って無理やりクィルと目を合うようにさせた。



「見たかったんだろ? たんと見惚れろや、まどろっこしい」





 あれは可哀想だった。唐突にとびきりのファンサービスを食らったティアナには心から同情する。


 でも、ゾフのせいではないと思うのだ。

 むしろ、ファンサを中断させるべく「とにかく、ティアナ様もご存知でないならば仕方がないでしょう。どうでしょう、ここはひとつ図書館で調べてみませんか?」と提案したので許してほしい。


 しかし、相当深く恨みを買ったらしい。乙女はまだ離れないつもりでいるようだった。


 図書館についたところで、一行は手分けして『銀乙女』に関する文書を探した。

 これでも王国最高峰の教育を受けている4人である。その4人が手分けして探せば、文書は簡単に見つかるかのように思われた。



「1つもありませんね……」



 20分後、集合場所でステューが呟いた。

 ゾフにとっては当然の結果だ。銀乙女の正体は国家機密であり、現段階ではルシルさえ知らない。


 そのため、原作で『ティアナ』とステューはオーガストの助けを借りて古い書庫を調べるのだ。今回のゾフのミッションは、「書庫の探索の結果ステューに王家・第二王子への不信感を持ってもらう」ことである。

 ところが、王家の諜報であるクィルがここに来てしまった。


 クィルは王家の闇を知った上で王家に関わっているわけではない。ここにクィルがいていいのか?

 事態はイベント通りに進行するのだろうか……。そう考えていると、ティアナがおずおずと声を上げた。



「あの、……わたくしは銀の髪の女の子の絵本を探してきたんですけれども、あの、……それもございませんでしたわ……」



 クィルの眉が吊り上がり、ステューの顔が曇った。


(悟られた。『銀乙女』に対して異常なほど厳重に情報統制が敷かれていることを――)


「……あーあ、なんか面倒くさくなってきたわ。帰ろうぜ、5限あるしよお」


(クィルは王家の意思を組むつもりね。じゃあきっと、この後オーガストが現れてティアナに書庫の存在を教えたときに、ステューが書庫に行きたがるのに反対するわ。でも私達3人が行くと決めたら、なんだかんだ言って着いてこざるをえない……)


 本を戻しつつ考えていると、カツ、と革靴の音が響いた。



「あれ? ティアナだ。どうしたのかな。今日は稽古の日だっけ」



 ゾフは予想が当たってほっと息を吐く。そこにいたのは生徒最強の魔術師と名高い三年生。オーガスト・グスタフだった。たっぷりとした白髪を1つに編み込んでおり、その毛先は少し緑がかっている。

 ピンクレモネードのような淡い色に、金箔が入っているかのようなきらめきが踊る瞳は、入学式のときと変わらず茫洋としていた。つまらなさそうにゾフ、ステュー、クィルを見る。



「いえ、オーガスト先輩……調べ物をしていましたの、でも……見つからなくて……」

「ふぅん。探し方が下手なんじゃない? 図書学とか習い始めたばかりでしょ」

「う……」

「お久しぶりです、グスタフ先輩。僕も、クィル・ジオン・ベルベットも、ゾフ・オルヴィナも一緒に探しました。それでも見つからなかったのです。どうかお知恵をおかしください」



 ステューがオーガストの前に出て、主張する。

 オーガストはやはりつまらなさそうにこちらを見て、虫でも見ているかのような顔でなにか考えた後、「いいよ。後輩には優しくしないとね」と呟いた。


 ゾフは作者ということもってか、オーガストがいくら不遜な態度をとろうと全く気にならない。が、子爵家の者に見下されたと感じたらしいステューはかなり不本意そうな顔をしながら「ありがとうございます」と返した。


 十分明るい図書館内で、カンテラを持ったオーガストが進む。

 ゾフとティアナ、ステューとクィルがそれに続いた。



「精霊の声がおかしかったんだ」



 オーガストは語りだす。



「ここにかけられた目眩ましの魔法が、行き来を阻害してた。この壁の向こうには空間がある」



 何の変哲もない本棚の前で立ち止まり。



「多分、この学院にいるごときの生徒には破れないだろうと思って魔術を編んだんだろうね。でも、僕には関係ない。だから開けちゃった。多分、禁書だらけの場所。僕は書庫って呼んでる」



 ある本に触れると、本棚が蒸発するように溶けた。

 学院最強の魔術師の技だ。正直な所、今のゾフの魔術知識では何をどうしたのか全く読めなかった。



「僕は、この向こうにあるモノに全く興味がない。面白い魔術があったら知りたい、くらい? まあ面白いものを見つけたら教えてよ」



 おもむろにオーガストが自分の白い髪を一本抜くと、それは白く輝くアンクルとなった。それをティアナに手渡す。


 ゾフは彼の設定を思い出していた。彼が、こんなにもつまらなさそうな目で自分を見る理由。

 オーガストは学院最強の魔術師で、だが、軍人ではない。

 しかし、この学院を卒業すれば、多くの人を殺すため戦争に駆り出されると決まっていた。

 彼は魔術には興味があるが、戦争には興味がない。

 だからか、自分より高位の貴族にも敬意を払わず、授業にも出ないのだ。



「必ずこれを付けておくんだよ。じゃないと帰れなくなるからね」



 その声は、今日聞いた中で一番優しかった。

 クィルがすかさず口を出す。



「先輩、俺らのぶんはくれないんですか」

「保険だよ。君たちが、可愛い女の子を置いていかないように」



(ああー……外部生が虐められないように、か)


 彼は元々貧民街の子供と距離が近く、王家の政策にも不満があったため、『とおばら』内では真っ先にティアナの味方となる。

 自分で小説を書いているときは脚の遅いティアナを気遣う気持ちで入れた一場面だが、今こうして『ティアナにだけ』アンクルが手渡されると、同じ行動でも違う意味となる。


(いや、つまりこのオーガストは私の解釈と違う行動をとってる? その方が確かに『オーガスト』らしいけど……)


 悩んでいると、ずい、と光るものをオーガストから押し付けられる。カンテラだ。

 ゾフはそれをしっかりと持つ。そうだ、思索に浸っている場合ではない。


 本棚の先には、上にも下にも伸びる螺旋階段と、壁いっぱいの本棚が待ち受けていた。

 暗い。冷たい。それでも気を奮い立たせ、ゾフは3人を振り返った。



「それでは。ここまで来たら皆様、参りますわよね?」

「はいっ」

「ええ」

「……チッ」



 三者三様の返事を聞いて、ゾフはオーガストに頭を下げた。



「ここまでご案内くださり、どうもありがとうございました。ティアナはわたくしが責任を持って無事寮まで送り届けますわ。ご機嫌よう」



 オーガストはにこ、と笑う。どうやらお眼鏡にかなったらしい。

 ――と、ティアナがゾフの袖を引いた。



「……ゾフお姉様」

「うん? どうかしたの、ティナ」

「……いえ、ここでするお話ではございませんでしたわ。忘れてくださいませ」



 ちょうどその時、始業のチャイムが鳴った。

 男性陣2人に半ば押されるように、4人は書庫へと足を踏み入れた。

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