12話 「書いてない!」のランチボックス

 圧倒的な歌唱力を持つ銀乙女を前に、王太子の未来の側近と呼び声高いステューはその正体を確かめようとする。

 ティアナは自分さえも何故銀乙女が必要なのか、銀乙女とは何なのか分かっていないことを語り、2人で銀乙女について調べることになる……。


(はず、なのに何でこっちに来たステュー!)


 ゾフのお気に入りの授業は魔術実習だ。

 自分が作り出した世界とはいえ、純然たるファンタジー世界で魔法が使えるとなれば、現代日本人の彼女がはしゃがない理由がなかった。


 るんるん、と楽しく次の教室に移動しようとしたところをステューに捕まったのだ。



「今日の昼。少し時間を取ってほしいのですが」



 それだけ告げたステューはさっさと自分のクラスに向かっていった。

 因みに、ステューとゾフはクラスメイトだが、魔術実習の間は自身の持つ魔力量によってクラス分けされるため別のクラスになる。

 ルシル、エレーナと同じクラスだ。

 この世界の魔術は持つ魔力量に大きくされる。



「それって……告白ではありませんこと!?」



 そう、ゾフはティアナと同じクラスだった。

 ゾフは苦笑しながら魔硝石を手に取り、魔力を込める。



「飛躍しすぎよ、ティナ。

 私のただの考察だけど……今のステュー様にとって、わたくしとエレーナ様の関係は似たような立ち位置に見えるのでしょうね。この間も同じようなことで声をかけられたし」

「な、なるほど……? でもゾフお姉様の、その時の対応によっては……もしか、するかもしれませんね」

「そうかしら。切羽詰まった感じだったけど……そうだ。ティナはオーガスト様とどう?」

「あぁ……魔法の、稽古をつけてくださるようになりました……。「いっぱい頑張ったご褒美」と仰っていたところも原作通りですし、やっぱりオーガスト様は『この世界の住人』、……なのかもしれませんわ」



 恥ずかしげに顔を赤らめて俯くティナの背中を叩く。



「ティナのおかげで、私達以外にも転生者がいるかもって考えられるようになったの。ありがとうね」

「ゾフお姉様……」



 子犬のように濡れた瞳で見つめられて、ゾフはティアナの頭を撫でた。


(そう、ステューが転生者って言う可能性もある。気を引き締めないと。ハッピーエンドに辿り着けない。誰が誰に影響するのか考えないと)





「やあ、遅かったですね」

「お待たせしてしまい、大変申し訳ございません。今お茶を用意しますわ」

「ありがとうございます。ああ、昼食はもう食べましたのでお気遣いなく」



 水だし紅茶がお気に召したらしいステューは、ガラスのカップを傾ける。「やっぱり美味しいですね」と言う声の調子が疲れていた。



「ハーブには鎮静効果がありますから。昂った気も落ち着くかと思いますわ」

「君は何でもお見通しですね」



 ゾフはステューがここに来た理由を考えていた。時間の価値を知る者が、ただ迎えに来ただけのはずがあるまい。


 案の定ステューは爆弾を落とした。



「殿下は貴女を大層お気に召したらしい」

「!?」

「気付かないでしょうね。貴女はいつもエレーナ様を見ているから……」



 エレーナが固まっている間もステューは話し続ける。



「伯爵家のご令嬢には、この上なく光栄なお話しでしょう。一生得られない生活が待っている。

 僕は10年彼に連れ添っていて、あんな顔は初めて見たんですよ。

 どうです? ──彼に求愛してみては?」

「自分の立場弁えろよテメェ」



 2人の椅子の間に立ったのは、濡れ羽色の髪を持つ男。クィルだった。

 じろりとステューを睨んでいる。



「クィル。ルシル殿下と一緒にいたはずでは?」

「お前とゾフが2人っきりで、ゾフがいじめられているんじゃないかって王太子サマが立ちあがろうとしたから止めてきた。ああも落ち着きがないと威厳がねぇだろ」

「そうですね。助かります、どうもありがとう」



 ゾフが差し出した椅子に、クィルはどっかと座る。乱雑な仕草にしては、どこか品があった。流石は公爵家の長男──の役を10年演じてきている者。ステューとは違い、王家から直接護衛の任務を賜っている者である。変装が堂に入っている。



「で? お前はどうするんだよ」



 肉食獣のような黄色い瞳がゾフを射抜く。



「俺様から見ても、最近のルシルはお前ばっかり見てるぜ。今まで目に入れてこなかった女が急に目につくようになって気になるんだろうさ。お前はどうする?」

「ステュー様。クィル様。妙なご冗談でわたくしを拐かそうとするのはおやめくださいませ」



 ゾフはきっぱりと言い切った。



「ルシル殿下のお相手は、エレーナ様です。わたくしが産まれる前から、そう決まっています。そのルシル殿下が、他の者を見て人目も気にせず惚けるなどということをするわけがございませんわ」



 2人の思惑が何だろうが、2人が欲しい答えは簡単に分かった。こちとら原稿の上でずっと彼らと対話してきたのだ。


 案の定、ステューはほっと溜息を吐き、クィルは唇の端を吊り上げた。


 やはり、これが正解だったらしい。



「だよなあ。だよなあ!? あぁよかったオルヴィナ嬢、もしあんたが俺たちの戯言を信じるなら、金輪際ルシルには近付けないようにしなきゃならねぇところだった。なぁ相棒」

「痛い、痛いですよクィル……。ですが、そうですね。よかった、その答えが聞けて」



(なるほどね。ステューにとっては、私が御しやすければ『王太子失落』のために、私を手駒にしなくちゃいけなかった。

 クィルにとっては、今の話で私が頷いたら私を王家の敵として排除しなければならなくなってた。全部わざとだったことになってしまうもの)


 私の答えは、特にステューを安心させたらしい。彼はまた一口、ハーブティーを飲んだ。


 クィルはニヤついてそんな相棒を見ている。


 クィルはこの時点ではステューの正体に気づいていないから、多分自分と同じ理由で相棒がほっとしたと思ってるんだろうな。


 ちょっと胸が痛い。

 何だろうな、最近彼らをキャラとして見られなくなってきた気がする……。



「ゾフさんのことを、殿下が気にかけ始めたのは本当なのですよ。彼は君のそばだと少し息がしやすいらしい……その気持ちは、僕にもわかります」

「なんだぁステュー。ホの字か? いいぜ別に、俺は。そこ2人がくっついても」

「君はすぐにそうやって混ぜっ返す」

「お前は今日もつまらねぇな」


「銀乙女」


 ゾフが声を張る。これでも毎朝エレーナを叱りつけている声だ、キンと響く。2人はじゃれあいをやめた。



「ティナのことについてお聞きしたいのでは?」



 本筋に戻そうとしたのだが、言った時点でゾフは(しまったな)と感じた。


 その1。本来イベントに関係のないクィルの前でその話を切り出してしまった。

 その2。人見知りがちなティアナのために自分が世話を焼いたところで、このイベントには結局ティアナが必要になる。



「それは……どうしてそう思われるので?」

「わたくしも気になっているからですわ。庶民から伯爵家の養子になったわけ、あのリーダーシップに惹かれていますの」

「まあ、なんで学院に入学してきたのかもわからねぇからな。教育なら家庭教師でもできる。よし、本人に聞くか!」



 ごめんねティナ。私は今から貴女の最推し(多分)を貴女の元に連れて行きます。どうか許してね。


 頭の中に聞こえたティアナからの返事は「ひぃええ……!!」だった。人語を思い出してほしい。


 先導しながら困ったような笑顔で振り向いて、


「ご存知の通りティアナは繊細な性格なので、お手柔らかにお願いしますね」


 と優しく言葉をかけるゾフの頭の中はティアナのことでいっぱいで、その柔らかな微笑みにステューが息を呑んだことも、それをステューがすぐ誤魔化したことも、クィルの視線がステューを貫いていることにも気付けなかったのである。

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