11話 ネタバレは死。(物理)
『十の薔薇と銀乙女のアリア』は、純然たる恋愛小説だ。
いけないと思いながらルシルに惹かれていくティアナ。
ティアナに一目惚れしてしまったルシル。
ティアナをいじめ学園から追い出そうとするエレーナ。
家からの命令でルシルの恋路を邪魔するステュー。
ルシルにはルシルの心のままに生きてほしいという思いからティアナに接触するクィル。
ティアナを銀乙女に課せられる過酷な運命から開放しようとするオーガスト。
それぞれの思いが交錯しドラマを作り上げていく。
しかし、エレーナ・ティアナ・ゾフの3人が現代日本人と入れ替わってしまった以上、この話はどこを目指していけばいいのだろうか。
つまりは、この集まり──ゾフの部屋でたびたび開催される──はそれを議論しあうためのものだった。
エレーナ題して、「
読み上げ方が完全に例のアニメのオープニングタイトルだったため、発表の際にティアナが思いっきり吹き出していた。ゾフは耐えた。
「それでは皆様……ティアナの1人コンサートの阻止成功、おめでとう存じますわー!」
「「おめでとう存じますわ」」
令嬢3名はクラッカーで乾杯する。
これもゾフのお手製であり、エレーナのお気に入りだ。
ブルーベリーをたっぷり使ったジャムをクラッカーに乗せてエレーナに渡しつつ、ゾフは微笑んだ。
「これで差し迫った問題はなくなりましたわね」
「ええ。全校生徒の前で強制的にティナが歌わされる、というようなことも起こらなかったわ。いいことね! 本の中身は、変えることができる。それが分かってよかったわ」
「お二人とも、ありがとうございました……」
ティアナの分のブルーベリージャムを塗って渡すと、まるで幼女のようにきらきらと瞳が煌めいた。可愛い。
「気にしないで。ティナの苦難は私達全員の試練だもの! それで、オーガストのことはとりあえず保留でいいのよね?」
エレーナはティアナの頭を抱きしめ、すりすりと頬擦りしながらゾフに顔を向けた。器用なことである。
思い出されるのは今日の昼食会での場面だ。
*
「オーガスト・グスタフ様は、わたくし達と同じ──『転生者』かもしれませんわ」
ティアナの衝撃的な告白に、乙女2人は慄いた。
「お、オーガスト様まで……!?」
「男性陣はノーマークでしたわね……ティナ、どうしてそう思ったの?」
ティアナは長い銀糸を両頬に垂らして、「そこまで自信があるわけではありませんの」と呟いた。
「ただ、オーガスト様が『図書室に行く』と仰っていて……。こちらの学院の方はみなさん『図書館』と仰います。『図書室』という言葉が存在しないこの世界で、そんな言い間違いするかしら? と……」
「うーん」と数秒唸ったエレーナは、「確かに微妙ね」と切り捨てた。
「別館になっているけれど、特別教室棟なんかも設けられているわけだし、言い間違いの線はあるわよね」
ゾフはそう言ってから一呼吸おくと、「何より、この場所にいる現代日本人達には皆『とおばら』を読んでいるという共通点があるわ。オーガスト様は男性でいらっしゃるし……」と続けた。ティアナが目を見張る。
「男性読者はいらっしゃらなかったんですの?」
「極めて少ないかな、と思うわ」
「女性が男性のふりをしているようでもなさそうでしたし……、やはり、可能性は低そうですわね……ごめん遊ばせ、混乱させてしまいましたわ」
「いいえ! 面白い気づきだったわ! ティナはこの後も引き続き、オーガストのことをきちんと見張っていてね」
エレーナがティアナの頭を撫でると、ティアナは嬉しそうに「はい、エリお姉様っ」と頷いた。
*
(まあ男性があの本を読むことは……ないよなあ、装丁思いっきりピンクだったし)
「ええ、とりあえずは。では、『とおばら』の全体的な流れを説明いたしましょうか」
自分で自分の小説を要約するのなんて、編集に『とおばら』を持ち込んで以来だ。
ゾフは少しの緊張と共に、紙に万年筆を走らせた。
「この物語は、ある辺境に住まう銀の髪を持つごく普通の庶民に、突然王家からの招集がかかることから始まりますわ。
銀の髪持つ乙女。それは、童話、いえ神話の中の存在。それは、天龍と声を交わす者。それは、救済のしるべ。
乙女は、来る2年後の祭日に起こる凶事に対抗すべく無理やり引っ張り出されるのです。
では2年後に起こる凶事とは何か?」
「そこが謎なんですわよねー」
エレーナの横やり。
えっ。と声が口から出かけた。
「下巻の発売、まだですものね……。一応、『災厄』の前触れらしき嵐は、起こりましたけれど……」
「私のタイムラインでも、天龍派と王家の自業自得公害派と、まだ出てない魔獣派で分かれてたわ」
「公害は、ちょっと初めて聞いたかもです……」
(あっぶな……えっ下巻出てないの? 私書いたよ? 普通に災厄の正体言いそうだった。マジで危ない)
災厄の正体。それは、テリア王国の戦争のために自分の魔力を吸い上げられ続けた天龍の怒りである。
それを知ったティアナは、ルシルと共に王家に叛逆する。
(こ、これどころか下巻の内容も外伝の内容も全部知らないのかこの子達……)
「それはまだ謎として! 突然王国立学院に引っ張り出されたティアナはその明るい性格と慈悲を持って、王子の心や親友、学院中の心を獲得して行くわけです……出来そう? ティナ」
「……」
「そうよねー……」
首を横に振るティアナに、ゾフは苦笑し、心の中で叫ぶ。
(私もできる気がしない!
この先下巻と外伝の情報を一切出さずにこの子達をウルトラミラクルハッピーエンドまでアシストするの!
しかもこれから話に絡んでくるのは謎に私に話しかけてきたステュー!
すでに原作知識が通用しなくなってる!
助けて誰か!!)
心の中で叫べど誰にも届かず、目の前ではエレーナがティアナにビスケットを差し出している。
……とりあえず、エレーナからティアナへのいじめは普通に回避していけそうだった。
(それ以外はさっぱりだけどね! でもきっと、私の手で2人をハッピーエンドに導くんだ。
身バレせず。身バレせず!)
世界はそれをフラグと呼ぶんだぜ。
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