9話 交流なき所にCPは立たぬといいます

 ステュー・ヴィ・ロンドルト。

 ロンドルト公爵家の次男であり、ルシルのお目付け役であり、――ルシルの従兄弟筋からルシルの情報を送るよう頼まれたスパイである。

 高貴な家の出であるにも関わらず配膳や掃除などを厭わず行い、たまにルシルの側近であるかのような振る舞いをする変わり者だ。王族から頼み事をされているから、次男だから、そういう生き方が染み付いている。


 原作では、ティアナの影響でどんどん変わっていくルシルを不審に思い、ティアナに接触する。自分がスパイだと明かし、露悪的に振る舞うステュー。しかしティアナはこれまで見てきたステューの姿を信じる。結果ステューはルシルを騙していることがもう耐えきれないと明かす……。


 そのステューが、たかだか伯爵家で、せいぜいエレーナの取り巻きに過ぎないゾフに二人っきりで話しかけてきている。


(明らかな異常事態だ。私なにかやらかしたっけ)


 そう思いながら、礼を示す。

 返礼した美少年からは、感情が一切読み取れなかった。ただ穏やかに微笑んでいる。



「ご機嫌よう、ステュー様。どうかなさいまして?」

「ご機嫌よう、ゾフさん。どうかした、というわけではないんですが……いやあ、不思議な関係だなあと思いまして」

「わたくしとティアナ様がでしょうか?」



 しらばっくれてみると、ステューは苦笑した。



「シェナーデ嬢とあなたのこと、ですよ。やあ、いい日だ。空気は澄んでいて、小鳥の鳴き声も心地良い……。すみません、僕にも紅茶をいただけませんか?」



 ゾフは首肯して、手元の鞄を漁ると未使用のティーカップを取り出した。ガラス製のそこに水出し紅茶を注いでいく。その間、ステューは黙っていた。



「気まぐれな主人がいると大変ですわよね」



 ゾフはまた見当違いなことを言って、曖昧に笑った。


(怖い)


 ステューが酷く恐ろしい存在に感じた。親は自分なのに、自分の知らない未来を連れてくる全く知らない人のようで。



「……そんなに怯えないでください。すみません。配慮に欠けていましたね。何か、貴女に文句をつけるだとかして危害を加えようという気持ちがあるわけではないんです。ただ、貴女は僕に似ているでしょう? ……大切な人への態度と言うか、立ち位置が」

「いえ、怯えてなんて、滅相もございませんわ。……あの、お茶どうぞ」



 ステューはガラスカップを摘むと、一口紅茶を飲んで「美味しい」と言った。



「さっきの、エレーナ様と貴女の会話を見ていて……凄く心を通わせていると感じた。思い合っているというか。2人は言葉を交わさずとも気持ちが分かるのでしょう」



 「わたくしたちは幼馴染ですから」と微笑んで、ようやくステューの言いたいことがわかった。ステューは、今のルシルが意気消沈していることに気付いたのだ。しかし、理由はわからない。それで懊悩している。


 まさか貴方も原因の一端ですよとは言えない。


 ステューは魔術・勉学・楽器の全てに高い適性を持つ。

 もし血筋が違えば、間違いなく王位継承権を持つ者の一人として数えられ、ルシルと熾烈な継承権争いをすることになっていただろう。


 生真面目なルシルにとっては、王になる自分が1番になれない分野がひとつでもあることが許せないのだ。そんな弱音、とうの1番であるステューには零せなくて当然だ。

 ルシルは、この学校で自分こそが王太子であり、この国を保証するものだと示し続けなければいけないと勘違いをしている。


(苦手なことは他に頼る。うまく仕事を分配出来るのも王の資質だ。それが出来ないからルシルはまだ『王太子』なんだよな。15歳の子供に要求することじゃないけどさ)


 ゾフはそう結論付け、ステューに向き合った。



「人の気持ちの全てを推し量ることが出来たなら、どれだけ楽でしょうか。

……わたくしにも、ございますわ。エレーナ様の考えていることがわからないことなんて。いっつもそうと申し上げましても不自然ではありませんわね。

 でも、1番辛いのは、過ぎ去ってから苦しんでいたことを知ったときですの」



 エレーナは8年間、ゾフに『とおばら』の記憶の存在を隠しきった。


 その事に気づいたのは、情けないことにあの密会の夜だった。いつも通りにエレーナの部屋で、彼女を寝かしつけながら、ふと思い至り、聞いた。



「エレーナ様はこの記憶をわたくしにお話しようとは思わなかったんですの?」

「……そうね、何度か話そうとは思ったわ。でも、そうしたら……今のゾフが消えてしまう気がして。ゾフは私のためなら何でも、本当に何でもしちゃうから。だから、巻き込みたくなかった。私が本当に『とおばら』通りの言動をし始めた時、止めてほしかったから……」

「シェナーデ家に縁を切られて国外追放されることも、言わなかった?」

「そんなことにはしないわよ」



 ベッドの中で強気に微笑んだ少女は、昼間礼拝堂で泣いていたことをまるっと忘れたらしい。自分がもっと早く作品の記憶を取り戻していれば。現代日本人同士であることに気がつければとゾフは後悔した。



「辛いときに、辛いことに気付いてくれる人がいることは幸運ですわ。例えその胸の内に澱んだ痛みが、話せないものであっても。それほど重く痛いものでも。

 その存在を知ってくれている人がいると分かったことで、その痛みが軽くなるかもしれませんわ。……だからわたくしは、エレーナ様をいつもお側で見ていたいんですの」



 そこまで話して、ハッと気付いた。公爵家の人間を相手に、伯爵家のものが何を偉そうに説教のようなことを。「すみません」と慌てて頭を下げると、ステューは目を見開いてこちらを見ていた。

 まるで自分を初めて認識したような目で。



「……いえ、構いません。……君はすごいですね。僕は何も話してないのに、まるで全ての悩みを見透かしたようだ」

「そ、そうですの? ……でしたらステュー様の仰る通り、立場が似ているからかもしれませんわ」



 笑って誤魔化した。ステューも微笑み返してくれたので、少し安心する。

 そう、してしまったのだ。

 ステューが続けてとんでもない提案をすることに気付きもせずに。



「貴女であれば、殿下のお心を聞き出せるかもしれません。公爵家でなく、何の利権もない貴女であらば。――どうかお願いします。それとなくで良いので、殿下に変わったことはないか聞いてきてくださいませんか」



 それは暴力であった。

 公爵家の者から伯爵家の者への「お願い」など、この学園では「命令」である。断れば何が起こるか分かったものじゃない。

 ステューがいなくなったテラスで、ゾフは猛然と片付けをしていた。


(まあ、元々そうするつもりではあったけども! 分かってない、絶対あれは分かってない。いや分かって言ってる可能性もあるなステューの場合。だとしたら相当性格悪いなあの公爵次男!

 というかこの時点のステューからルシルの感情ってどう設定してたっけ……まあどちらにせよ殿下に聞いてステューに報告しなくちゃいけなくなったんだけどね!)


 着々と何かの基盤が固められつつある気がするのは、きっと気の所為ではない。

 バスケットにしゃがみ込んで、深くため息を吐いた。上を見上げれば、高く青い空。授業初日の自分たちを祝福しているかのような、長閑な空だ。



「殿下に、お会いしなければ……」

「呼んだかい?」

「ヒエッッッ」


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本日2話投稿にチャレンジいたしました!

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