8話 取り巻きじゃなかったならただの幼なじみじゃん!

「あの。代表ってなんですの?」



 頭痛を堪えて聞けば、エレーナがかわいらしく胸を張った。



「文字通りよ。進行役、ソロ歌唱の担い手、みんなのまとめ役。委員長みたいなものね」

「じゃあエリには出来ないね」

「その通りですわ、殿下! わたくし歌に関しては全く駄目ですもの。

 でもここにいるゾフは違うわ! わたくしの歌姫。しっかり者で周りをよく見ているわたくしの自慢の幼馴染ですわ」

「歌姫?」

「ええ、わたくしのために歌ってくださるわたくしの歌姫ですわ」



 ルシルに向けてゾフを差し出すように背中を押されたそのとき、思い出した。

 幼稚舎からずっと合唱団にいたこと。やけに取りやすいコマにばかり声楽の授業が入っていたこと。毎日エレーナのために歌ってきたこと……。


(すごい。私って今までエレーナ様に育成されてたんだ……)


 例の詞しかり、エレーナは『ティアナ』が現れなかったときに自分をヒロインに仕立てる気満々だったのだ。どういうこと?

 思えば、自分では自分のことを『エレーナの取り巻き』だと思って生きてきたが、周りからすれば違うのではないだろうか。


(もしかして『エレーナ様のお気に入り』とか『幼馴染』って思われてるの? すごい。大出世にもほどがある)


 原作ではモブなのに……。と素直に驚いた。『とおばら』原作では、3章に入るまで名前すらわからない『エレーナ様の横にいつもいる3人の中の1人で、黄緑色の髪の少女』という扱いなのだ。



「ね? やってくれるでしょう、ゾフっ」

「……エレーナ様のお願いなら、わたくしに断る理由はございませんわ……」



 単に公爵家と伯爵家という身分差があるだけではない。

 結局、ゾフが断れないのだ。この満月のような金の瞳を前にすると。

 エレーナはゾフの答えを聞くと、白い頬を薔薇色に染めて嬉しそうに笑った。

 その笑顔のためにこれからも負け続けてしまうのだろう。



「ですが、エレーナ様。ティアナ様のことを巻き込んでしまったのでは?」

「大丈夫よ。だって代表のことを言い出したのはティナだもの」




 教室はざわめいていた。

 高等部に上がりクラス替えをしたとは言え、ほとんど見知った顔しかない。これからも今までと同じく勉強・試験・人付き合いを繰り返す退屈な学生生活なんだろうな、と誰もが思っていたところに突然告げられた「合唱祭」の開催。

 将来に重い責任を課された彼らとて、普通の15歳なのだ。

 いつだって刺激と変化を求めている。


 歌う曲目は?

 いつ開催されるのか?

 誰がまとめ役をやるのか?


 色めきだつ中、静かに銀色が立ち上がった。

 途端に教室はシンとする。

 じろじろと検分する目が、庶民上がりの外部生――ティアナに突き刺さった。



「先生。……自己紹介をさせていただけませんでしょうか」

「許可します、ティアナ・クオールディア」

「ありがとうございます」



 少女は優雅な足取りで一歩、一歩、教壇まで上がる。

 伏せていた顔をあげると、トルマリンをもっと透明にしたような済んだ氷色の瞳が姿を表した。その瞳でクラスメイト一人一人に目を合わせ、少女は淑女の礼をする。

 その形は、誰かが思わず返礼しかけるほど優雅だった。



「……皆さん、初めまして。ティアナ・クオールディアと申します。去年クオールディア家に迎えられてこの度、皆様と同じ校舎に受け入れていただく運びとなりました。……わたくしのような出自の者を受け入れてくださったこの学校と、皆様には感謝の念に絶えません。

 ……実は、この合唱祭も、わたくしがクラスに馴染めるように、とエレーナ・ナディア・シェナーデ様が企画してくださったものなのです」



 教室がまたさわさわと沸いた。エレーナと言えば、破天荒なことばかりやらかしては周りに窘められているが、学園の古い戒律を楽しい方向に持って行ってくれるため、一部の間では熱烈に支持されている公爵令嬢である。

 生徒の一部は思った。エレーナ様に目をかけてもらっているんなら俺らなんかどうでもいいだろう、と。

 ティアナは、凜とした姿勢を崩さない。



「ですから、……わたくしはその善意に全力で応えたい。も、文句を言えないくらいに素晴らしい合唱をして、このクラスで優勝したい。そして、それで、エレーナ様に安心していただきたいのです。

 ……もしかすると……、何かせずとも優勝はこのクラスに決まっているのかもしれません。

 そんなのは嫌です。

 わたくしは、皆さまと一緒に、勝利したいんです。

 巻き込んでごめんなさい。

 でも、諦めてくださいませ。わたくしと一緒に優勝してくださいませ。お力を貸してください。

 ……い、一年前までは聖歌隊に所属しておりました。だから、お役に立てると思いますっ。お願いします」

「それってさあ」



 教室の後ろの方で手が上がった。そのまま立ち上がった少年は、人なつこい笑顔を浮かべてティアナに問いかける。



「ティアナさんが代表になるってことですか?」

「……皆さんが許してくださるなら」

「いいよ、俺は。面白そうだし。公爵家と戦える機会なんてなかなかないし、ティアナさんって結構言うんだなーって分かったから。みんなもそうだよね?」

「さんせーい」

「わたくしたち、合唱なんてしたことがありませんものね」

「ティアナちゃん頑張って!」



 銀髪の少女は、ほっと安堵のため息を溢した。





「ということがあって、全クラス代表を立てようということになったわ! 1年生は5クラス。このクラスの代表はゾフよ! 選曲からパート分け、演出までよろしくね」

「……ティアナ様は、大丈夫かしら」



 エレーナは、この話をティアナのクラスにいる友人から聞いたはずだ。素晴らしい立ち回りだと思う反面、人見知りで緊張しいな彼女がつらい思いをしていないか、疲れてはいないか、つい不安になってしまう。



「そうね……嫌なことならやらない子だとは思うんだけど」

「エリもゾフも、ティアナと随分仲良くなったんだね」

「女の子同士ですもの! 造作もないことですわ!」



(あ。今の、「エレーナはティアナと随分仲良くなったんだね」っていう原作のセリフに似てた。原作では我儘放題のエレーナがティアナに迷惑をかけていないかの確認だったけれど……今のはなんだろう、違う感情から来た言葉に思えた。……もしかしてしょんぼり関連かな。根が深いなぁ)


 とはいえ、今優先すべきはティアナである。

 ゾフはようやくまともに廊下から教室に入ってきたエレーナに話しかけた。



「エレーナ様。わたくし本日のランチにはご一緒できませんわ。ごめん遊ばせ」

「あら。急用?」

「はい」

「そう。じゃあよろしくね」



(なんでエレーナ様にも関連する用事ってバレてるんだろう……)



 異様に勘のいい幼馴染はヒラヒラと手を振った。



 教室までティアナに会いに行くと、嬉しそうに駆け寄ってきた。


 さながらわんこ。

 小型犬の子供が寄ってくるようにぽてぽて走る様に母性がくすぐられる。

 彼女の人見知りを知らなかったら、危うく自分のことが好きなのだと勘違いしてしまうところだった。



「ゾフ様……、どうかされましたか? エリお姉様は……」

「んー、ちょっとわたくしがティアナ様と2人でお茶したくなってしまいまして。だめですの?」



 少女は少しの間ぽかんとしていたが、ぶんぶん頭を横に振った。



「嬉しいですわ。ぜ、ぜひ、ご一緒したいです……!」



 やはりこの環境は彼女にとって苦しいものだったらしい。テラス席に腰掛けたティアナは、ふーーっとため息を吐いた。



「お疲れ様ですわ、ティアナ様」

「いえ、ありがとうございますわ……あそこから連れ出してくださって。……し、質問攻めに遭いそうでしたの」

「そうよね。ほら、皆噂が大好きですから……」

「原作にも書いてありましたわよね……。い、命の危険を感じましたわ」



 ゾフが焼いてきたスコーンを並べて紅茶を注ぐ間、ティアナはずっとおろおろしていた。「慣れてますのよ。おかけになってお待ち下さいな」と声をかけるまで。

 なんだかこの子は放っておけない。ゾフは改めてそう思った。

 その気持ちが、自然と言葉を崩したものにさせる。



「代表に立候補したって聞いたけれど。無理はしてない?」

「り、立候補するときがいちばん……。なので、今は逆に少し楽ですわ」

「そう。そういえば、聖歌隊に入っていたんですっけ」

「はい! ちゃんと『ティアナ』になりたくって。声を出す訓練に、音程を合わせること、色々致しましたわ。でも、殆どは前の世界の記憶のおかげですの」

「そうなのね」



 エレーナはそれ以上聞かなかった。無防備にスコーンを頬張り、目を輝かせては「あの、2個とも食べていいんでしょうか」とお伺いを立ててくるこの少女の顔を曇らせたくなくて。

 ティアナもそれを察し、安心しているようだ。



「どうして代表になろうと?」

「……オーガスト様にお会いするためですわ」

「ああ」


 オーガスト。『1人コンサート』で『ティアナ』が接触した、3年の先輩だ。

 彼がいなければ解決しない事件がある。

 ティアナはそのために立ち上がったのだという。



「オーガスト様は多分、……今会わなくちゃいけないと思いますの……。それがずれたら、きっと世界は大きく変わってしまいますわ……」

「私もそう思います。きっと機会がありますわ」

「それと……あの」



 真面目な話が一転して急に赤くなってもじもじし始めたティアナに、ゾフは困惑する。どうした。何の話だ。クィルとの仲を取り持ってほしいみたいな話なら私にするだけ無駄だぞ。

 しかし、乙女の唇から出たのは思いがけない言葉だった。



「わたくし、ゾフ様とももっと親しくお話したいんですの――!」





 元々伯爵令嬢同士、どちらもタメ口でいいくらいだったのだが、ティアナが譲らなかったためゾフからティアナにだけタメ口、あだ名で呼ぶこととなった。

 ほっぺたをぴかぴかの薔薇色に染めたティアナに「それではゾフお姉様、私は昼練に言ってまいりますわねっ。素敵なお茶会をありがとうございました! ゾフお姉様のおかげでわたくし……、なんだかやっていけるような気がしはじめてますわっ」と言われたときはこれが王太子を一目惚れさせる女……! とときめいた。


(にしても昼練かあ。うちのクラスってそういえばどれくらいの歌唱力なのかな。エレーナ様を覗いて。ルシル殿下とステュー、クィルは……)



「随分精が出ますね、ゾフ・オルヴィナ嬢」

「…………ステュー?」



 足音もなく立っていたのは、王太子のお目付け役だった。

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