6話 しかし回り込まれてしまったってやつね?


 ティアナの1人コンサート。

 それはたぶん、エレーナが起こしたはじめの事件のことだろう。



 あらすじはこうだ。


 入学式のピクニックでルシルがティアナに興味を持ったようだと感づいたエレーナは、ティアナに恥をかかせるべくおとぎ話を持ち出してくる。


「この本曰く銀髪の娘は大変美しく歌われるんでしょう? 外部生さんと交流を深めるためにも、わたくしたちにも是非歌ってくださいませんこと?」


 いかにも5人の前で歌ってもらうというような口ぶりで誘っておきながら、エレーナは全校集会に舞台を用意する。

 何百ものやんごとない子息・息女の前でいきなり歌うことになったティアナだが、これも自分がどんな人間か知ってもらい孤独を脱するいい機会だと捉えて、歌を歌う――。



「この出来事はもう阻止するまでもなく起きようがないのでは……? エレーナ様はあんな意地悪されませんし……」



 ゾフは執筆当時のことを思い返す。書きながら、『エレーナ』のあまりの悪辣さに辟易した場面だった。書いている自分まで気分が悪くなったほどだ。

 なお、『エレーナ』の悪役ぶりは物語が進行するごとに加速していくため、最終的には慣れた。

 ゾフの意見に、エレーナは「甘いわね」とせせら笑った。



「今日の昼食を思い出してみてご覧なさい?」



 ゾフはハッと目を見開く。



「そう、原作でティナを誘ったのは私だったわよね。だから、ティナを誘うことは変えずに、殿方を追い出そうと思っていたわ。だけど、わたくしより前に殿下がティナを誘ったから、結局6人で食べることになった」



 異なる時間軸は収束する。青いたぬき型ロボットもそう言っていた。



「きっと、『変えられないイベント』があるんだわ。

 わたくしたちがどう動こうと、あの場で6人一緒に昼食を食べることは変えようがなかった。ああ、ここに作者様がいらっしゃればどのイベントが強制なのかお聞きできるのに……」


 

(ごめんなさい、目の前にいます。あと、『どのイベントが強制なのか』は私にも分かりません)


 ゾフは心の中で謝りながら「確かに仰る通りですわね」と先を促した。



「だから、1人コンサートも起こってしまう可能性があると思うのよ。そんな、そんなことになったら……私の可愛いティナがクラスで孤立してしまう……!」

「エリお姉様……っ」



 殿下とエレーナ様の前で無様を晒すことがないように、と猛特訓をしていた『ティアナ』は、全校生徒をそら恐ろしいほどの美しい歌声で圧倒する。

 元々妙な髪色の外部生として目立っていた彼女は、これをきっかけにさらに孤立してしまうのだ。


 このイベントは執筆当時こそ後に『ティアナ』の親友を作るため、『ティアナ』が単独行動をせざるをえなくなるための布石でしかなかった。


 だから、目の前にいる何かと抱え込みがちな性格の乙女には、もっと気楽に、楽しく、今まで辛かった分、明るく過ごしてほしい。ゾフはそう思い、頷いた。



「わたくしもそれには同意しますわ。でも、エレーナ様。このお話しがなくては、オーガスト様とティナの間にある絆がなくなってしまうのでは?」

「だとしても嫌よ! 全員五体満足なだけじゃ足りないわ。私が求めるのはウルトラミラクルハッピーエンドよ。皆笑顔で仲良くゴールテープを切るの! ぼっちは不可!」


 オーガストはこの学院の3年生であり、在学している中で最も優秀な魔道士である。たまたまオーガストの歌を聴いた『ティアナ』は、歌い手でもある彼に歌の教えを請うのだ。

 オーガストとティアナが出会うのは歌を介してでなくてはいけない。そうでないと、オーガストがティアナを熱心に気に掛ける理由がなくなり、エレーナたちとの接点もなくなってしまうのだ。


 つまり、物語自体からオーガストという男が退場してしまうことになる。超優秀な魔導士が。


(——ん? これが強制イベントというやつでは?)


 ゾフが首を傾げる間にも、エレーナの熱弁は続く。



「そういうわけだから私、今からティナのクラスに変更させてもらえるよう実家に宛てて手紙を出すわ。私がティナから目を離さなければ、歌わせようとしてくる人間から守れるしついでにティナと一緒にいられるものっ」



 あの馬鹿でかい紙にぎゅうぎゅうに書き込んで、結論が権力の無駄遣いそれか。



「エレーナ様」

「はいっ」

「わたくし、父から頼まれてますの。貴女が暴走しようとしたら止めるように、と。実家の権力を使って学期中にクラス移動するのは暴走ではありませんでしょうか。どうお思いになります?」

「……ちょっと、無理があるかなあとは……、で、でも使えるものは使ってっ」

「クラスが気に入らず無理やり移動してくる王太子の許嫁……」

「う! はしたないわ。それに怖いでしょうね……でも、それでもっ」

「それでもティアナ様のそばにずっといらっしゃるんですのね? 他の生徒の皆様はティアナ様のことをどうお思いになられるかしら」


 うう~~~! という唸り声と共にエレーナはソファに寝転がった。どうやら納得してもらえたらしい。「ゾフの意地悪! 理詰め! 虎視眈眈面たんたんめん!」と文句(?)が飛んできているが、知ったことではない。目付け役を言い渡された以上、怒られるのはゾフなのだ。



「あの、あの、ゾフ様……そのあたりに……」



 クラスメイトになります宣言からずっとおろおろしていたティアナに、ゾフは微笑みかける。



「ごめんなさいね、ティアナ様。エレーナ様がティアナ様のために仰っているのはわかっているんですが……」

「あ……それは、はい」



 乙女は胸の前で両手をもじつかせて俯いた。ティアナもエレーナの案(?)には困っていたらしく、ぽつぽつと言葉を落とす。



「げ、原作と違って……下手に、囲い込んだら……準備期間なしに、歌わされる可能性が……ありますので。そう、なったら怖くて……。それよりは……今の関係からどうやって歌う方向に、持っていったらいいか、を。考えたほうがいいと思いますの……」

「……そうよね……」



 ソファの死体がむくりと起き上がると、ティアナの困ったような顔を見て眉を下げた。

 エレーナの策が乱暴すぎることに、本人も薄々感づいてはいたのだろう。

 涙目でクッションの上に戻ってきた。


 さて、どうしたものかとゾフが首をひねったとき、ふっと情景が浮かんだ。

 朝会で1人ホールの真ん中に立つエレーナ。観客達はそれを値踏みしている。

 ホール。学校。放課後。



「……合唱祭…………?」



 瞬間、エレーナがばっと顔を上げる。

 その瞳は爛々と輝いていた。



「それだわゾフ! 合唱祭よ! クラス対抗で合唱祭をするの!

 そうすればオーガストと私たち全員に縁が出来るし、ティアナにはクラスに溶け込むきっかけができるわ! 最高! 本当、あなたって最高の幼馴染よ!」

「エレ、エレーナ様? 苦しいですわ、もう、ふふ」

「……! ゾフ様、あ、ありがとうございます……!」

「ま、まだ何もしてませんわよ? ……でも、どういたしまして」



 2人から一通り感謝されたあと、ゾフはエレーナを引きはがす。



「春に改めて友好を深めたいから、と私が生徒会の従兄におねだりをするのは全く不自然じゃないわよね。いける、いけるわこの作戦……ゾフ?」

「あの。ルシルはゾフにお任せ、とはどういう意味ですの?」



 最初に心からの叫びを無視された。

 以来、ずっと気になっていた一文のことを改めて問いただせば、エレーナはごく自然なことのようにこう答えた。



「だって殿下、ゾフにフラグを立ててたわよね?」



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