2話 作者的に違和感がすごい。

 今や太陽の国として発展目覚ましいこの国の、初代皇女の名をつけられた王都セナの中心にテリア王国立学院はある。

 この学び舎は強固な警備と質の高い帝王学・魔法学の授業で幼稚舎から高等部まで面倒を見てくれる。その上、多くの人脈を手に入れるチャンスとなる。

 そのため、やんごとなき身分の者から人気が高く、大抵の貴族は幼稚舎、遅くとも中等部から子供を入学させるため、高等部ともなれば殆どの生徒は顔見知りとなる。


 そんな刺激のない毎日に生徒が飽き飽きしていた頃、彗星のごとく現れた外部生がティアナ・クオールディア。

 白金の長髪を揺らす、元庶民の謎めいた美少女に学園全体が浮き足立つ。

 ――まあ、ゾフは彼女の全てを知っている訳なのだが。



 ゾフには、創作活動においてひとつポリシーがある。


 それは、『絶対に解決できないものを設定すること』。

 何かを選択するということは、何かを選択しないということだから。

 その結果取りこぼしてしまうものをきちんと書く。

 ままならないから人生なのだ。


 『十の薔薇とアリアを紡ぐ銀乙女』にもそんなポリシーは張り巡らされており、銀乙女ティアナが王太子と結ばれるまでに諦めなければいけないものがたくさんある。


 例えば王太子の影の側近、クィルの右脚。

 例えば、魔道士としてのティアナの師、オーガストの声。

 そしてゾフの自殺未遂による後遺症、エレーナの国外追放。


 この内なにか1つでも拾い上げれば、他に『困りごと』が起こるように設定している。


 だからこそ、肩身が狭かった。



「だからね、ルシル殿下を今からでも説得出来れば2ヶ月くらい準備期間ができると思うのよ」



 エレーナのこの、キラキラリンと輝く2つの瞳に見つめられるのは。


 思えば、ずっと感じていた『違和感』はエレーナに対してだったのだ。



 ゾフが『創った』エレーナは、床に座りゾフを見上げたりしない。


 まず人の陰口、宝飾品の自慢、現状への愚痴以外でゾフに話しかけること自体が稀だ。

 いつも高飛車で、鼻でせせら笑い胸を張って、王太子の前でもなければ「あたし」という一人称をやめなかった。

 取り巻きがいないと不機嫌になりヒステリーを起こす。怒ったような真顔で俯いている彼女が叫び出さないよう、『ゾフ』はいつも駆け寄っていた。



「エレーナ様。ティアナ様に、詞のことを言わなくて良かったのですか?」



 それに対して、眼の前にいるエレーナはずっと心優しく、可愛らしげのある少女だった。


 大昔……7歳のときにゾフの若葉色の髪を一房取り、愛おしそうに「ゾフの緑は、恵みの色ね」と言ったことは今もゾフの心に深く残っている。

 そのときに彼女は言った。

 「私には使えない魔法があるの。私の代わりに使ってくれる?」と。


 今思えば、エレーナにはその頃すでに記憶があったのだろう。

 エレーナが聞かせてくれた詞は、8年後の今、ティアナが古い伝承の『奇跡の乙女』として素質を示したことで探し出されたものだった。


 エレーナは、『奇跡の乙女』ではない。

 勿論ゾフも。

 

 しかしエレーナは、ティアナが現れず、恐らく自分もいなくなったときのことを考えて、ゾフにその詞を教えたのだ。


 それは、7人の精霊を呼び出す呪文。

 どんな願いも厭わずに叶える、奇跡の力。


 古代、7人の精霊を呼び出した巫女が暴走し国を滅ぼしたことで、城の地下深くの祠に封印されたものだ。


 詞が詞として機能しないよう、決して韻律を乗せないよう、小さなエレーナはそっとそうっと詞を繰り返し、繰り返しゾフに教えた。

 そのおかげで、ゾフは今もしっかりと詞を覚えている。

 物語を書いた記憶の中にはなかったのに。


「あの詞ね……保険みたいなものだし、いいと思うわ。……銀乙女が現れたのは『奇跡』だったでしょう? だから万が一、ティアナが現れなかったときに貴女が銀乙女になれないかと思ってたっていうか……まあ、もう使うことはなさそうだし。というか、教えなくたって思い出してたでしょう?」


 いや、あんな長くて無意味な詞、わざわざ覚えようとしなくちゃ覚えられないって。ゾフは心の中で突っ込んだ。


 そう。

 『とおばら』の記憶を思い出してわかったのだ。

 エレーナは悪役としての末路を避けるべく、色々とゾフを目にかけていたらしい。


 一介の伯爵令嬢には勿体ないほど綺麗な服に高度な教育。

 そのどれも、エレーナが「ゾフといっしょがいい!」と駄々をこねて施されたものだ。


 エレーナはつくづく『ゾフ』のことが好きでたまらないらしい。



(変な気分だ。自分の作品の大ファンと行動を共にしているなんて。私、作家としてはマイナージャンルの中のマイナー寄りなのに。というか、この世界が私の書いた本だってことにも実感がまだ湧かない。だって、エレーナ様は私の幼馴染だし……)



 ゾフにとって、作家としての自分の記憶と、転生してきた日本人としてここで11年過ごした記憶はまだ完全に混じり合ってはおらず、マーブル模様を描いている。

 心のなかでもエレーナ様と敬称を付けるのをやめられないほどだ。



「エレーナ様は、向こうではおいくつでしたの?」



 ふと気になって、詞の話から話を逸らしがてら聞いてみると、軽く頬をつままれた。



「あらあら、そんな不躾なことを聞くのはこの口かしら。うふふ」

「ふみまふぇん、もうきふぁないです」



 穏やかな愛情、思いやり、慈しみ。


 それが向けられるのは自分が「ゾフ」だからだろうか。それとも、「転生仲間」だからだろうか。どちらにせよ胸が落ち着かない。



「ぷは……明日からはどうされますの? 明日は新学期開始日、ティアナさんがルシル殿下に対面する日ですわよ。

 殿下のご機嫌伺いにでも参りますか?」

「何を言うのよ、ゾフ。

 殿下のお顔なんて飽きるほど見ているわ!

  明日はティアナ様を昼食にお誘いして一緒にピクニックよ! 男性陣は出禁ね。

 ……ああ、『とおばら』の話をこの世界で出来るなんて、夢みたい! 向こうでも仲間がいなかったのに!」



 少なくともエレーナには、原作のイベントの一員となって楽しむ気は毛頭ないようだった。

 これから何が起こっていくことやら、正直ゾフには全く想像がつかない。


 明日、王子がエレーナを含めた昼食会にティアナを誘うことも、王子がティアナに一目惚れすることも、そんなティアナを王子の忠臣ステューが警戒することも、原作通り起こるだろう。


 しかし、エレーナもティアナも、『原作』とは別人だ。


 つきん、という違和感を胸のあたりに覚え、ゾフは胸元を見る。

 そこには、エレーナから贈られたネグリジェのリボンが可愛らしく鎮座しているだけだった。

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