真夜中のパトロール

矢口愛留

影のヒーロー


「お父さん、大丈夫? こんな所で寝てたら風邪ひくよ。起きて下さーい」


 深夜の公園。

 俺は、ベンチに寝そべるおっさんに声をかけた。


 酷いアルコールの匂いがする。

 おっさんは、耳元で声をかけても一向に動く気配はない。


「……起きないな。よし」


 俺は、おっさんに手を伸ばし、その体を揺らした。

 その瞬間、俺の頭の中にあるビジョンがよぎっていく。


「……ああ、大きい商談を逃したのか。会社帰りに一人でやけ酒して、潰れちまったんだな」


 ――そう、俺は、触れた相手の過去を、部分的に知ることが出来るのだ。


「おーい、お父さん。起きて下さい。奥さん、心配してますよ」


 俺はそう言いながら、おっさんの肩を軽く叩く。


「ん……? ここは……近所の公園?」


「お、目が覚めたね? お父さんね、ここで寝ちゃってたんですよ。ちゃんと帰れそう?」


「あ、ああ。頭がガンガンする……けど、近所なんで大丈夫です。すみませんね、おまわりさん」


「気をつけて帰って下さいよ。奥さん、きっと心配してます。ご家族にとっては出世や昇給なんかより、お父さんの身体の方が大切ですよ。もう呑みすぎないようにね」


「へ? わ、私、寝言でも言ってました? い、いやぁ、お恥ずかしい。……大丈夫、肝に銘じて……って私の肝臓は脂肪肝なんですけどね。わっはっは」


「ははは、冗談が言えるぐらいなら大丈夫ですね。じゃあ、お気をつけて」


「おまわりさんも、お勤めご苦労さん。起こしてくれて助かりましたよ。じゃあ失礼」


 手を頭の横でちょこちょこ動かして、おっさんは夜道を歩いていく。

 足取りは少しおぼつかないが、意識ははっきりしているようだし、大丈夫だろう。

 俺は、巡回を続けることにした。



 自転車を手で押し、夜道を散歩がてら、ゆっくりとパトロールする。

 この街は繁華街に近いため、様々な事件が頻発している。そのため、夜間のパトロールは欠かせないのだ。


 俺は、自ら進んで夜勤を引き受けている。

 理由は、触れた相手の過去を垣間見る能力を、存分に使えるからだ。


 先程のように寝こけているおっさんや、酔っ払いの介抱、喧嘩の仲裁。

 そうして数多くの人間の過去を見ているのは、ある目的のためだった。


 それは――


「ん? お嬢ちゃん、どうしたんだい?」


 俺の思考は中断した。

 小学校高学年ぐらいの女の子が、ぼろを身に纏って、道の端に座り込んでいたからだ。


「こんな夜中に……それに、裸足じゃないか」


 少女は、虚ろな目をして俺の顔をじっと見ている。

 震えているのは寒いからか、それとも――


 俺は、少女に手を差し出した。


「交番で、事情を聞かせてもらっていいかな? 立てるかい? お家は、どこ?」


「いやっ! 触らないで!」


 少女は先程よりもさらに震え始めた。


「大丈夫、怖くないよ。お兄さんは警察官だ。おまわりさんだよ」


「おまわり……さん?」


「そう、おまわりさん」


「怖く……ない?」


「うん。怖くない」


 俺が微笑むと、少女はおずおずと手を伸ばし、俺の手を握ってくれた。

 その瞬間、少女の過去が奔流となって、頭の中を駆けていった――




 その翌日。

 俺が保護した少女は、無事受け入れ先の施設に引き取られていった。

 少女の親は虐待の容疑で取り調べを受けている。

 そして、もう一つ。


「昨日あの子からタレコミのあった組織だが、早速上が動いてる。正確な似顔絵のおかげだな。末端ではあるだろうが、すぐに足がつくだろう。……しかしあの子も怖かったろうに、よく正確に犯人の顔を覚えてたな」


「ええ、本当に」


 少女は、金に困った親によって犯罪組織に売られていたのだ。

 相手が子供だったから油断したのか、組織の人間は、顔を隠しもせずに少女に接触していた。


 本当は少女は犯人の顔を覚えてはいなかったが、俺は過去の記憶を頼りに正確な似顔絵を描いたのである。


「それと、こないだお前が夜勤だった時にあったタレコミ、覚えてるか? あの時お前が描いた似顔絵と、場所の情報から、麻薬密売組織の拠点が特定出来たらしいぞ。こっちも間もなく大規模な捜査が入る。お手柄だったな」


「いえ、自分は何も。ただ似顔絵を描いただけですから」


「謙虚だな、お前は。これからもこの調子で頼むぞ」


「はっ!」


 俺が敬礼をすると、上官は満足そうに笑い、俺の肩を叩いて去っていった。

 上官はお首にも出さないが、どうやらその件で特別ボーナスをもらい、家族ですき焼きを食べに行ったらしい。



 俺は少し特殊な能力を持つ、絵を描くのが得意な警察官。

 俺の似顔絵は正確にその顔を描き出し、調書には詳細な情報が書き込まれる。


 ――そう。

 例え、被害者の記憶が恐怖で歪んでいても、何もかも忘れてしまっていても、固く口を閉ざしていたとしても。



 俺は影のヒーロー。

 少女は連れて行かれる時、それでも親と離れたくないと言った。

 だが、これで良かったはずだ。



 俺は、影のヒーロー。

 どこかで誰かに恨まれていても構わない。

 この街に蔓延はびこる犯罪組織が壊滅するまで、ヒーローは深夜のパトロールを続けるのだ。

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真夜中のパトロール 矢口愛留 @ido_yaguchi

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