散歩のはずが…………

桜桃

出会いと最悪な現状

 夜、机に向かって勉強をしていると、日付の変わる音が部屋の中に響いた。


 ノートに走らせていた手が止まり、椅子に座っていた一人の女性が、部屋の壁に付けられていた時計に目を向ける。


「もう0時なんだ」


 ぽつりと呟き、伸びをする。その女性の名前は加里優菜かりゆうな

 長い黒髪に、今は白いシャツに中学校で使っていた濃い青色のジャージを着用していた。


 今は受験時期のため、優菜は時間を見つけては勉強に没頭していた。

 机の上には複数の参考書があり、様々な大学のパンフレットが付箋だらけになりながらも置かれている。


「…………どうしよう、小腹が空いてきた」


 呟くと、カタンと椅子を鳴らし立ち上がる。キッチンに行き冷蔵庫の中を漁るが、食べたいものがなくため息をく。


「眠くもならないし、散歩がてらコンビニ行くか」


 徒歩十分程度の所に二十四時間営業のコンビニがある。そこに行こうと財布の準備をして、外に出た。


 親に気づかれないように外へ出ると、綺麗な星空が広がっており見惚れてしまいそうになる。

 見上げている優菜の瞳にも、綺麗な星空が映っていた。


 今日は満月で、辺りは明るい。街灯も道を照らしてくれるため、安心だ。


 周りに人がいないことを確認した優菜は、耳に無線のイヤホンを付けスマホをいじりながら歩き始める。


 慣れた道なため、迷うことなく歩き進めていた。耳にイヤホンもつけ、周りの音すら遮断していたため、いつもとは違う”モノ”に気づかなかった。



「――――――――っ!?」



 やっと気づいた時には遅く、上からいきなり”何か”が降ってきた事に驚き足を止めた。


 優菜の目の前には、一人の青年。学生服に、白い羽織を肩にかけている。その羽織には、桜が裾辺りにちりばめられており綺麗に靡いていた。


 青年は黒髪で、耳が隠れるほどの長さ。前髪も長く目元を隠していた。だが、動く度に前髪の隙間から覗き見える隻眼の瞳が、驚きの顔を浮かべている優菜の顔を映し込む。


「―――――ひっ」


 羽織から見え隠れしていた物が目に映り、優菜は小さな悲鳴を上げた。


「あ、あなた、なにを…………」


 青年は優菜の言葉に答えるよう、体の向きを変え右手で握っていた細長いものを鞘の中に入れる。


 カチンという音と共に、青年は口を開いた。


「ここでお前は何をしている。今の時間に出歩いていたら、命が危ないぞ」


 思っていたより高く、声変わりをしていない。だが、口調は見た目以上に冷静で、現状を把握しようと努めている。


「あ、あの…………」

「っ、ちょっと待て。まだ、残党がいたみたい」

「え、残党?」


 咄嗟に耳からイヤホンを取り、青年の言葉を繰り返す。すると、今まで明かるかったはずの地面に影が差し、優菜は咄嗟に上を向く。


「ひっ、なにあれ!?」


 上には、月を覆い隠すほどの鳥が体より大きな翼を広げ優雅に飛んでいた。


「あれは物の怪と呼ばれる、この世に存在してはならない存在。狙いはわからんが、あれをこのままほっておけば、この街は危険に晒される」

「え、どういうこと? というか、物の怪? 妖って事? というか、貴方は一体何者!?」


 優菜は何が何やらわからず、隣に立つ青年に質問をぶつける。だが、そんな質問など聞こえていないのか、青年は上を見上げながら膝を折った。


「そこから動かないでね、

「へ? ――うわっ!!!!」


 突如風が吹き、咄嗟に目を覆う。次に手を離した時には、目の前にいた青年はいなくなっていた。

 どこに行ったのかと周りを見渡していると、上から甲高い叫び声のようなものが聞こえ優菜は顔を上げる。


「―――――なに??」


 上には星がちりばめられ、満月が綺麗に街を照らしてくれている。だが、照らしているのはそれだけではなく、空に浮かぶ一匹と一人も照らしていた。



『キュイィィィィィイイイイイ!!!!!』



 大きな翼を羽ばたかせ、叫び声に近い鳴き声で目の前を青年に威嚇する。


 青年の背中には、人には絶対に生える事はない黒い鴉のような翼が広がっており、片手には先ほど微かに見えたシルバーに光る刀。

 黒髪から覗き見える隻眼の瞳は、目の前で威嚇している大きな鳥に向けられている。


 そんな、映画のような光景が目の前で繰り広げられており、優菜は思わず口をあんぐりとさせ、目を大きく開き見上げるだけ。


 そんな彼女など気にせず、青年は刀を構え目の前で羽ばたいている鳥に刃を向け始めた。

 空中でバランスがとりにくい中、一切ぶれることなく機会をうかがっている。


 優菜は何が起きるのかわからず見上げ、無意識に瞬きをした瞬間――……



 全てが終わった。


 

 いつの間にか物の怪の後ろまで移動していた青年。肩越しに後ろを振り向き、真っ二つになった物の怪が消えるのを見届けていた。



「な、何がおきっ――……」

「俺が物の怪を殺した、それだけ」


 ――――ビクッ!!!


 肩を大きく上げ、咄嗟に後ろをに振り向いた。そこには、最初出会った状態の普通の青年が立っている。

 服についた埃を払いながら、優菜に近づく。だが、彼女はそんな得体のしれない彼が怖く、後ろに後ずさってしまった。


「そんな怖がる必要はない。俺は、人に害を与えるような面倒事は絶対にしない主義だ。後始末に力を入れるなんて御免こうむる」


 そんな言葉をつらつらと言う彼に、まだ警戒を解くことが出来ない優菜は、震える手を胸元で祈るように繋ぐ。


「まぁ、そのまま怖がっているのは構わん。今後、関わることは絶対にないだろうからな」


 優菜を見捨てるような言葉を吐き捨て、暗闇の中に彼は消えた。残された優菜は、もう一度夜空見上げるが、そこには何もない。

 大きな鳥はもちろん、何もなかったかのように星が燦々と広がっている。


 もう、空腹などと言っている余裕がない優菜は、コンビニに向かっていた足を進める事はせず、そのまま家へと帰ってしまった。


 ☆


 次の日、優菜はいつものように鞄を持ち住宅街を歩いていた。その時、目の前から来る男性に、優菜は思わず目を見張る。


「なっ…………」

「え、あんた、昨日の」


 深夜、コンビニに行く時に出会った青年が黒いスーツを身にまとい立っていた。

 彼も優菜に気づき、足を止め声をかける。


「あ、なた、大人だったの?」

「あの時は学生服着ていたからね、その反応はおかしくない。でも、さすがに雰囲気的に子供ではないとわかったでしょ。なぜあの服を着ていたかというと、俺が元の姿に戻った際に、翼が服に引っかからないように加工しているのがあの服しかなかったってだけだから。決して、あの服が趣味ではないから」

「あの、え? 本当の姿?」

「うん。俺、人間ではなく、天狗だからね。あ、これ他の人に言ったら、君の命はないから。誰にも言うなよ? 監視させてもらうからな」


 最後の言葉に、優菜は顔が真っ青になり、悲痛の叫びが青空に響き渡った。

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散歩のはずが………… 桜桃 @sakurannbo

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