歩み去るおねえさんの足音は。
すだもみぢ
そういうひとにわたしはなりたい
今からもう四半世紀前のこと。まだ私が子供の頃のお話です。
当時、私は駅の近くにある雑居ビルの一室に住んでいました。
コンビニ、郵便局、診療所、銀行、美容院だけでなく区役所の派出所まで家の隣にあり、家から数十メートル以内だけで済むような便利な場所でした。
ただ、少し困ったのは駅前にはお酒を出すお店が多かったこと。
当時、電車で塾に通っていた私は、帰りが遅くて、帰ろうとした駅前でおまわりさんに心配されることが多かったのです。
急いで帰宅しても10時半になってしまうので「早く帰りなさい」と声を掛けられるのも申し訳なく思っていたのを覚えています。
いつからでしょうか。
塾から帰る時、駅から出るのが一緒になるおねえさんがいるのに気づきました。
我が家は駅から歩いて100mくらいなのですぐに別れるのですが、駅を出ると同じ方向に歩き、自分が家に入るような頃、彼女は我が家の前を通って行きました。
私の塾は火、木、金。
判を押したかのように、その人は同じ電車で帰ってきているのか、同じタイミングで駅を出て、私と同じ方向に歩いていました。
そのうち月日が経って、私も大学生になりました。
大学生になったということで門限も緩み、帰る時間もまちまちになったため、そのおねえさんに遭うことはなくなりました。
そんなある日のこと。
趣味のために一晩かけてコンビニでコピー機を占拠するようなことをしていた時のことです。
どこかで見かけたことのある人が、コンビニ前を歩いているのが中から窓越しに見えました。
コンビニの前は街灯があるので外を歩いている人が誰かよくわかるし、私は目がよかったので見間違えない自信があります。
懐かしい人がいるなぁ、こんな時間に何しているのかしら、と眠さを我慢しながらコピーした紙を折りながら思っておりました。
おねえさんはいつも私と歩いていた時とは逆方向の、駅の方に向かって歩いていました。
その歩くスピードの速いこと速いこと。
あれ? あの人、もっと歩くのゆっくりだったはずなのに……? と私は首を傾げながらも彼女が見切れて見えなくなるまで見送ってました。
そのままぼうっとしていましたが、紙の枚数を数えながら、はっと気づきました。
もしかしてあのおねえさんは、あの頃、まだ幼かった私をわざわざ見送ってくれていたのではないか、と。
繁華街に差し掛かるような場所に位置する私の家は、街灯が切れて少し暗い道が続き、あまり治安がいい場所ではありませんでした。
そこに明らかに子供がいるのが心配になり、夜のお仕事の出勤がてら毎回私を見送ってくれていたのではないでしょうか。
仕事場から遠回りになるというのに。
それは私の思い込みや勘違いかもしれません。しかし、おねえさんと一緒に歩くようになってから、お巡りさんも私に声をかけてこなくなったのです。
そう思うと、ありがたいやら申し訳ないやら、そんな気持ちでいっぱいになりました。
自分では勝手に大きくなったようなつもりだったけれど、気づかないところで大人たちに見守られていたんだなぁ……。
ほっこりと暖かい気持ちになりつつも、私は夜中かけて、せっせと紙をまとめてはホチキスで留めておりました。
歩み去るおねえさんの足音は。 すだもみぢ @sudamomizi
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