【KAC20234】深夜河川敷を散歩していたらちょっと不愛想な美少女釣り人にぶつかっちゃいました!

無雲律人

ぶつかった釣り人はおっさんじゃなくて美少女でした

「あー、なんかいい事ないかなー」


 深夜、バイトの帰り道、遠回りをしてEDO川の土手を散歩している俺は、そんな中身の無い空っぽな言葉を口にしていた。


 俺は三流大学の三年生で、ファミレスで深夜までバイトしている、ごく普通の大学生だ。


「また店長にどやされたし……」


 ちょっと不器用な俺は、バイト先ではいつも店長や先輩に怒られてばかりだ。今日だって皿を五枚も割って、しっかりと怒鳴られた。


「大学は三流。バイトも上手くいかない。こんな俺に未来はあるのかよ……なぁ、神様よぅ……」


 独り言は止まらない。しかもどんどんネガティブになっていく。深夜の河川敷散歩、ヤバい。


 と、その時だった。


 ドスン!!


「ふぁっ!? 何々!? 何にぶつかったの!?」


 急に柔らかいものとぶつかった。衝撃で俺は尻もちをついた。おずおずと前を向くと、そこには釣り竿を地面に転がした釣り人が、俺と同じく尻もちをつく格好で転んでいた。


「ご、ごめんなさい! 釣り竿、折れてませんか?」


 俺は慌てて釣り人に謝った。そうしたら、釣り人はぬっと立ち上がり俺を見下しながらこう言った。


「釣り竿は折れてない。だがしかし、深夜に散歩するなら前はきちんと見ろ。それがマナーってもんだろう」


 釣り人は、平坦なトーンでそう言った。だが、その声は、アニメから出てきたような可愛らしい女の子の声だった。ん? 女……の子!?


「えっ!? あれっ!? おっさん……じゃない!?」


 俺の中では、深夜に釣りをしているのは大抵おっさんだと決まっていた。しかし、目の前にいるのはアニメ声の女性。しかも、フードで隠れているその顔は────


「か、可愛い……」


 つい駄々洩れる俺の心の声。激しく脈打つ鼓動。一気に俺は汗をかく。声が震える、立ち上がろうとするが色々驚いていて腰が抜けている。


「おい、訳分らん事を言ってないで早く立て。私は釣りに忙しいんだ」


 やっぱり起伏の無いトーンでそう言うと、美少女釣り人は俺に手を差し出した。


「手ぇぇぇぇぇ!!??」


 俺の悲鳴はもはや声がひっくり返っている。だって、俺二十一歳は未だに恋愛経験ゼロの彼女いない歴=年齢の童貞なのだ。


「ぷっ! 『てぇぇ』って、お前何言ってんだ?」


 美少女釣り人がちょっと笑った!! 可愛い!! 可愛すぎる!! マジで天使ですか!?


「い、いやちょっと、あの、その、動揺しちゃって……す、すいません」


 美少女の手をそっと掴んだ俺は……


「(ふ、ふおぉぉぉ!!! 柔らけぇ!!! ふおっ!? ふぁっ!? これが女の子の手っ!!!)」


 やっと立ち上がった俺だが、すっかり舞い上がってしまって、身体の中央のリトル俺まで立ち上がりそうだった。


「あ、あの、その、女の子が、一人で夜中に釣り……めずら……いや、釣れますかぁ!?」


 もうどうにでもなれ。


 俺は目の前にいる奇跡に対してすっかり舞い上がっていた。


「ん、まぁ、この川は日中の間、水上スキーがうるさくてな。静かに魚を釣るなら夜がいいと決まっている」


 って違ぁぁぁう!! 俺が聞きたいのは釣りの事じゃなくてこの天使ちゃんの事なんだ!


「そ、そうなんですか。あの、その、毎日ここで釣りをしてるんですか!?」


 黙れ俺の口。いつまで釣りトークを続けるつもりだ。


「毎日ではないが、週に二、三度はここで釣りをしている」

「そ、そうなんですか! 釣り、お好きなんですね!」


 俺の脳内とは裏腹に、俺の口からは釣りトークしか出てこない。すると、美少女は優しい目をしてこちらを向くと、信じられない言葉を紡ぎ出した。


「お前、珍しいな。普通、女が一人で夜釣りをしていると、『危ないよ』とか『おじさんが傍にいてあげようか?』とか言うもんだ。だが、お前は素直に私を釣り人扱いし、しゃべってくる」

「そ、そう……なのかな? ははは……自分では良く分からないけども」

「お前さえ良ければ、また釣りを見に来てもいいぞ。次、私は明後日の夜にここにいる」

「!!?? また来ていいの!?」

「あぁ、お前とは、話していて心地がいい」


 GJ俺の勝手な口。GJ俺のヘタレ根性。


 俺は、ルイと名乗る十八歳大学一年生の釣りガールと、明後日も釣りの見学をさせてもらう約束をした。


 神様がいるなら、俺は今神様に全力で感謝したい。

 

 深夜にふらっとバイト帰りに散歩をしたおかげで、俺はちょっとぶっきらぼうだけど、とっても素敵でとっても可愛い天使を見付けられました。


 ありがとう神様! 俺に天使を遣わしてくれてありがとう!!


 俺は、明日も明後日も、天使のためなら頑張れる。そう思った────。



────了

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