契約はクーリングオフ対象外です。

波津井りく

よくあるボーイ・ミーツ・ババア

 コンビニっていいな。深夜営業してるし、すぐ食べられるあったかいもんレジ前にあるし!

 ……って。なんて呑気なことを思っていたんだろう、この夜の俺は。




 からあげ串をもぐもぐしながら、春先の冷たい夜風を切って歩いていた。近くの公園に植わってる桜を見ると、まだ固い蕾でちょっとだけ残念になる。


 夜桜見ながらホットスナック食うって乙じゃん、と俺の中の背伸びがち少年魂が言うんだ。

 丁度満月で、それだけでもロケーション最高だけどな。


「お?」


 空からひゅるると音がした。季節先取りし過ぎな花火かと思っ……た、ら?

 逆だ、打ち上がってない! なんか落っこちて来てる!?


「おわーっ!?」


 ドカーン! と結構な音と衝撃を伴い、ぶわっと砂煙が膨れ上がった。

 アスファルトさえ突き抜けるだろう威力で地面を陥没させて現れたのは、真っ黒な老女だった。思わず串がポロリと落ちる。


「そ、空から……空からお婆さんが……!」


 バサバサと真っ黒なローブを風に遊ばせて、よいせと杖をつく老女。否──魔女。

 見紛うことなくその姿は魔女。これで魔女じゃなければ魔女の概念が崩壊する。


「……参ったねぇ、本当に魔力が薄くて敵わん。ここが勇者の故郷とやらかい?」


 なんということでしょう。漫画の第一話をそのまま持って来たような事態なのに、美少女の気配が微塵もないのです──


 ……いやおかしいだろ! 普通若くて可愛い魔女じゃなきゃ話にならないだろ!

 ラノベや漫画の編集者なら即駄目出しだぞ、ババアで数字取れると思ってんのか?


 いやそれどころじゃない、だいぶ混乱してるわ。喉の奥からちっさい声で、やだぁ……とか絞り出すのが精一杯なんだけど。


「さて、そこな少年に聞きたいんだがね」


「うえっ!? はい!」


「私の言葉は通じるかい?」


「バッチリ! ペラペーラ!」


「そりゃ良かった。実は訳あって人を捜しててね。この男……恐らくここじゃまだ、もうちっと幼い顔かもしれないが」


 人相書きを広げ、こいつを知らないかと魔女に尋ねられた。多分日本人だろう黒髪黒目、まあまあ男前かな。知らんけど。


「さあ……俺はちょっと知らないですね……」


「そうかい、残念だねぇ。お前さん一つ頼まれちゃくれないかい?」


「いいっすよ? 交番にでも案内しましょうか?」


 他にもっと言うべきことあるだろと後で思ったが、この時は頭がパーンしてて考えが及ばなかったのだ。

 もしこの時冷静でいられたら、ちゃんと逃げ切れたのかなと後悔はしている……


「今、いいって言ったね?」


 魔女の眼光がギラリと。途端に足元で円を描く図形。魔法陣という言葉しか思い浮かばないそれが、天を衝く光の柱となって。


 キッヒッヒと、実に魔女らしい嫌な笑い声が聞こえる。身体から力が抜ける感覚にゾッとした時にはもう、全てが手遅れ──


 迂闊過ぎる俺と魔女との契約は、既に成されてしまっていたのだ。


「迂闊な坊や……私の頼みは一つ! 人相書きの男、いずれ魔王となるこの男を捜し出し、殺すまでの手伝いだ!」


「はああああああああ!?」




 満月の夜に出会った魔女と俺とのその後は、いずれ機会があれば愚痴ろうと思う。


 ──いいか未成年、これだけは言っておく。深夜に散歩だの買い食いだの、無防備過ぎるからやめておけ! 俺みたいになっても知らないぞ! 魔女の手先で使い魔と化した、憐れな先輩からの忠告だ!



【終】

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