【掌編】夜に仕事をする国【1,000字以内】
石矢天
夜に仕事をする国
僕は旅をしている。
世界にある様々な国を、自分の目で見て回るためだ。
真っ暗な夜道を歩いている。
普段は深夜に出歩くことなんてないのだけれど、国境で足止めされて、入国したときにはこの時間になっていたのだから仕方がない。
僕は今夜泊まれる宿を探しながら夜道を散歩する。
知らない国の、知らない夜を散策するのもなかなか楽しいものだ。
見晴らしがよいから、空の星々もハッキリと見えている。
もしひとつだけ不満を言わせて貰うなら……人が多すぎる。
夜更けだというのに、こちらにもあちらにも、歩いている人がたくさんいるのだ。
僕は近くを歩いている男の人に尋ねてみた。
その人は真夜中なのにピシッとスーツを着ていた。
「どうしてこんな夜遅くに出歩いているのですか?」
「何を言っとるんだね、君は。仕事だよ、仕事」
「ああ、これは失礼いたしました。夜のお仕事をされているんですね」
「それはそうだが……。普通、仕事は夜にするものだろう。君の方こそ、こんな真夜中にふらふらと散歩なんかしよって。そんなんじゃ立派な大人にはなれんぞ」
夜中に散歩していただけで説教されてしまった。
まるで怠け者かのような言われ様だ。
まあ、ふらふらと旅をしているのだから、大きな違いはないかもしれない。
「これは申し訳ありません。この国へ来たばかりなもので右も左もわからず」
「なんだ、アンタは旅人なのか。さっさとそう言えばいいものを。まあ、そういうわけで私は仕事中なんだ。日が昇る前には仕事を終わらせなきゃならないからね。失礼するよ」
「あっ。最後にひとつだけ。どこか泊まれるところを知りませんか?」
「ホテルならアッチだ」
スーツ姿の人は東の方を指差して、さっさと行ってしまった。
彼が指差した場所は建物ひとつない更地だ。というか、この国には建物がどこにもない。僕は東へと向かい「そういうことか」と膝を打った。
しかし、どうにも理由がわからない。
僕はホテルの受付で訊いてみることにした。
「ところで、この国の建物はどうして地下シェルターになっているのですか?」
「ああ。この国は太陽が出てくると気温が急上昇するんです。地上に建物なんて作ったら蒸し焼きになっちゃいますよ。あははは」
陽気な受付さんにお礼を言って、僕は次の日の夜までユックリと宿で休んだ。
出国はとてもスムーズでほとんど待たされることはなかった。
僕は次の国を目指して歩いていく。
【了】
【掌編】夜に仕事をする国【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya
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