月が綺麗

奇跡いのる

第1話

 高校の同窓会で久しぶりに再会した群青ぐんじょうひかりは、相変わらず美しかった。高校時代、僕は彼女に片思いをしていた。初恋だった。


 クラスメイトとして、友達としては仲のいい方だったと思う。二人きりで遊んだことも何度かあった。

 告白しようと思っては勇気が出ずに踏みとどまって、それを三年間も繰り返し、結局思いを伝えることなく卒業してしまった。僕は進学で地元を離れてしまい、彼女とも疎遠になってしまっていた。


 十年ぶりに再会した群青ひかりとは話が弾んで盛り上がった。予め設定された二次会には顔を出さずに二人で抜け出して、当時よく一緒に行ったカラオケで二人きりで二次会を開くことになった。


 高校時代に流行っていた曲をお互いに熱唱した。そして、二人が仲良くなるキッカケとなった「レインメイカーズ」というバンドの曲を交互に歌った。話題になるようなヒット曲は無かったけれど、カラオケに配信されるくらいには活躍しているバンド。クラスメイトの誰も知らなかったけれど、僕と群青ひかりだけは知っていたバンド。二人でバンドのライブにも足を運んだし、当時もこうやってカラオケで盛り上がった。


 マイクを握る彼女の指を、無意識の内に目で追っていた。左手の薬指には指輪が輝いている。昔話で散々盛り上がったのに、お互いの現在については何も知らなかった。


 終電を逃してタクシーもつかまらなかった。

 大通り沿いを行けばそのうちタクシーに遭遇するだろうと、二人で夜の道を歩き始めた。


 初秋の夜風は程よく冷たく、酒とカラオケの歌い過ぎで火照った体を冷ますには丁度よかった。どこからか鈴虫の鳴き声が聞こえた。次第に駅前の喧騒から離れて、人影もまばらとなった。


「結婚してるの?」

「うん、三年前に」

「相手はどんな人?」

「どことなく君に似てるかも……」


 高校時代も彼女は僕のことを、いつも、「君」と呼んでいた。苗字でも名前でもなく、クラスメイトに呼ばれていたあだ名でもなく、「君」と呼んだ。イタズラっぽく笑う彼女のえくぼが妙に可愛く思えたものだ。


「いま幸せ?」

「幸せだよ。旦那も優しいし。こんな時間まで飲み会しても怒んないし」


 幸せだと語る彼女の笑顔はどことなく寂しげにみえた。


「男と飲んでて怒られない?」

「君なら大丈夫でしょ?無害だし」


 無害……か。

 意気地無しってのと同じ感じがする。


「君、知ってる?今夜は中秋の名月らしいよ」


 突然彼女に言われて、そういえば朝のニュースでそんなことを言ってたな、と思い出した。見上げた夜空には不気味なくらいに綺麗な月が浮かんでいる。しばらくの間見つめていると魂が吸い取られそうな気がして、慌てて視線を彼女の横顔に戻した。


「どうりで月が綺麗な訳だ」

「うん、綺麗だね……」


 タラレバを言っても仕方ないけれど、もしあの時気持ちを伝えていたら、どんな未来があったのだろう。フラれたかな、付き合えたかな、もしかして結婚相手は僕だったかな。


 酔っ払ってるせいか、変なことばかり浮かんでくる。別に未練がある訳ではない。十年の間に彼女は結婚しているのだし、僕にも他に好きな人が出来たこともあった。ただ、初恋の相手というのが特別なのかもしれない。


 静寂が広がる。

 タクシーはおろか、自動車とすれ違う頻度もかなり減ってきた。足音が二人分だけ、響いている。スニーカーを履いた僕の控えめな足音と、ヒールの高い靴を履いた彼女の足音とが混ざり合って、それが何かの曲のようにも思えた。


「君は今なにしてるの?」

「僕は東京でしがないサラリーマンやってるよ」

「結婚は?」

「いや……独身」

「恋人くらいいるでしょ?」

「うーん、もう何年もいないよ。知ってるかい?僕ってこう見えてモテないんだよ」

「何を今更言ってるのよ?モテそうにないのは高校時代から変わんないよ」


 そう言って彼女はイタズラっぽく笑う。その笑顔は高校時代に僕が大好きだった笑顔と同じだった。本気でクシャっと笑った時にえくぼが出来るのが可愛いんだ。さっきの笑顔がどことなく寂しげに思えたのは、えくぼが出来ていなかったからだと気付いた。


「月が綺麗…」と彼女は小さな声で呟いた。


「あ、タクシー来たよっ」

 彼女は右手を高く上げて、運転手にアピールをした。それに気付いて、速度を落としながら近付いてくる。


 ああ、もう終わりなのか……

 別れの時が近付いてくる。僕の実家はここからそう遠くない。一緒のタクシーに乗るのは不自然だろう。


 タクシーの後部座席が開く。彼女は一旦タクシーに乗り込もうとして、振り返った。そして僕の顔に顔を近付けてくる。そして耳元でこう囁いた。


「今夜の月も綺麗だけど、私にとってはずっとずっと綺麗な月だっったよ。君と見る月だから」



「どちらまで?」


 運転手に行先を聞かれたが、明確な場所は答えられない。行先は分からなかった。どこでもよかった。


 後部座席で僕は彼女の手を握っていた。




























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