第13話 サラの答え
「ありがとう、ライデン」
マノリウス邸に戻る馬車の中にて、私はライデンに礼を言った。
でもライデンはそれに対して不思議そうに首を傾げていた。
「礼を言われるようなことはしていないぞ?」
「皆の前で、私のことを褒めてくれたじゃないか」
「別に褒めていない。事実を言っただけだ。サラが綺麗なのは事実だから」
真顔で彼は言った。
ライデンがお世辞を言える人間ではないことは、アニタナとの会話で良く分かった…… 彼は本当に私のことを今までで出会った中で、一番綺麗な女性だと思っているようだ。
「……」
「……」
会話がなくなると、まっすぐこちらを見詰めるライデンの視線が気になり始める。
恋愛に疎いフリをしても駄目だな。
彼の熱視線は、これでもかと私に想いを伝えてくるのだ。
馬車が賑やかな街中を抜けると、車内はますます静かになった。
ライデンがやや声を潜めて私に告げる。
「さっきケネス=エルシアに縁談の真偽を問われた」
ああ、成る程。
伯爵家令息からの縁談が私に来るなんて、兄様からしたらすぐには信じられないだろう。私だってまだ信じられないくらいだ。
「俺が嘘をついているとでも? と問い返したけどな。ケネス=エルシアは慌てて首を横に振っていた」
先ほどのアニタナの時と同様、嘘をついていると疑われたライデンは気分を害し、かなり冷ややかな目で兄様を睨んだみたいだ。
あの眼力で睨まれたら兄様も震え上がるだろうな。兄様はどちらかというと文官だから。
「そのケネスによるとエルシア子爵は縁談には大いに乗り気で、すぐにでも承諾したいそうだ」
「……!」
縁談を承諾。
つまりお父様はライデンの縁談を受け入れたのだ。当主としては当然の判断だ。
ストリーヴ家は多くの上位貴族と親戚関係にある有力貴族だ。結婚相手としてはこれ以上にない優良物件。快諾した父の笑顔が目に浮かぶ。
「あとはサラの気持ちだけだ」
「私の気持ち……?」
「俺との結婚が嫌だったら、この場で断っても構わない」
「――――」
……まるで、剣を突きつけられているような気分だ。
逃げることは絶対に許されないこの状況。
私は気持ちを落ち着かせる為に胸に手を当て呼吸をする。
まっすぐ気持ちをぶつけてくるライデンの熱い想いに、心を揺さぶられないわけがない。
年下で可愛いと思う反面、日々強くなる彼を頼もしく思っていた。
何より私のことを守りたいと言ってくれた初めての人だ。
“サラ……俺はお前ほど美しい女を知らない”
思い出すのは夢に出てくるあのライデン。
夢はこの国では特別な意味を持つ。
未来の暗示だったり
前世の出来事だったり。
自分自身の本当の気持ちが夢に反映されたりもするという。
あの夢は未来の暗示なのか、前世の出来事なのか……私自身の願望なのかは分からない。
だけど私は今の気持ちに素直に答えようと思う。
「ライデン、私は良い妻になる自信はない。剣を振るうことに情熱を注いできたからな」
「そんなことは百も承知だ。それに良い妻って何だ? 俺は今のサラがいいのに」
「……それならもう、断る理由はないな。私もライデンのことが好きだから」
「サラ?」
「二度も言わせるな。私もライデンが好きだって言ったんだ」
顔を真っ赤にしてもう一度言った瞬間、ライデンは思わず身を乗り出し私をきつく抱きしめた。
「サラ……好きだ……ずっとこうしたかった」
「どうして私のことをそんなに……?」
私はじっとライデンを見詰める。
彼の黒い瞳はまるで夜空のようで吸い込まれそう。
ライデンは答える代わりに私の顎を持ち上げて唇を重ねてきた。
驚く程柔らかく、温かい感触に私は目を瞠る。
き、キスしている……。
彼も初めてなのか、最初は恐る恐る触れるようにキスをしてきた。
けれども私の抵抗がないと分かると、何度も啄むようなキスを繰り返す。
だんだん深く求め合うキスになり、私はもう無我夢中でライデンの唇を吸っていた。
長いキスが終わった後、ライデンは私をもう一度抱きしめてきた。
「いつもサラの夢を見ていた……最初は信じられなくて、ずっと夢を否定し続けていたけど、現実のサラと接していく内に、あの夢を現実にしたい気持ちが強くなった」
「夢?」
「俺とサラが夫婦だった夢だ。もしかしたら、俺達は前世も夫婦だったのかもしれない」
「……まさかライデンも同じ夢を?」
思わず問いかける私にライデンもまた目を丸くする。
そしてまじまじと私の方を見て問い返す。
「まさか、サラも同じ夢を?」
「あ……ああ。ライデンと夫婦になった夢だ」
そういえば夢に出て来たライデンも積極的だったな。
夢の中では夫婦だからキス以上のこともしていたみたいだし……ライデンも夢のことを思い出したのか顔を赤くしながら尋ねてきた。
「もしかして、その……夢の中でキス以上のこともしていた?」
「していたとは思うが、はっきり覚えていない。今みたいにライデンとキスしていたことは覚えているけど……ちょっと待て……まさかライデンが見た夢は、キス以上のこともしていたのか!?」
「そりゃ、まぁ夢の中では夫婦だし」
「私はキス以上の夢は見ていないぞ!?」
顔を真っ赤にして怒鳴る私に対し、ライデンも恥ずかしそうに顔を赤くしながら頬をぽりぽり掻いた。
「そんなこと言われてもな、俺が見たくて見た夢じゃないし……いや、途中からは、見たくて見た夢になったけど」
「~~~~~!!」
何でライデンの夢だけ夫婦生活が具体的なんだ!?
夢の中では既に裸を見られているのかと思うと恥ずかしすぎるっっ。
ライデンは私をもう一度私を抱きしめ耳元に囁いてきた。
「今日も君の夢が見られたらいいな」
「ライデンの変態」
「誰が変態だ。好きな人と結ばれる夢は何度でも見たいに決まっている。サラは違うのか?」
「違わないけど……」
な、何か今日はちゃんと寝られる自信がない。
もしライデンと全く同じ夢を見てしまったら……その、覚悟が必要になるじゃないか。
いやいやいや、何で寝るときまで覚悟しなきゃならないんだ!?
「でもまぁ、夢だけじゃなくて早く現実にしないとな」
「ライデン……」
「出来るだけ早く結婚式、挙げるから」
「……っっ!?」
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