第12話 その後の白狼騎士団について


 アニタナが会場から出て行った後、ダニールが私の元に近づいてきた。

 私は首を傾げダニールに尋ねる。


「どうしたんだ? ダニール」

「二人で話せないか?」


 突然の誘いに私は戸惑う。

 この場で二人きりになるのはちょっと……ダニールは先ほどまでアニタナのパートナーだったわけだし。

 私の気持ちを代弁するかのようにライデンが言った。


「あんたとサラが二人きりになったら、周囲からあらぬ誤解を受けるだろう? 言いたいことがあるのであれば、俺のことは気にせずサラに言えばいい」

「……」


 ダニールはライデンの方をちらっと見てから、しばらくの間俯いていた。

 話すか話さないか、躊躇っているみたいだ。

 しかし一度息を吐いてから、彼は真剣な眼差しを私に向けて言った。

 


「サラ、白狼騎士団に戻って来ないか?」

「……え?」

「サラの力が必要なんだ。君が去ってから、白狼騎士団は弱体化してしまった。仲が良かった仲間も次々と去ってしまって……」

「……」


 白狼騎士団の中でもリーベル隊長が率いる隊は特に強いことで有名だった。

 もっといえばその隊があったからこそ、白狼騎士団の名は上がったのだ。

 だけど今の隊長は、自分より実力がある身分の低い人間を嫌った。そういった人間達をどんどん追い出し、自分が気に入っている人間だけを側に置くようにしたらしい。

 ダニールは伯爵家の息子だからな。現隊長も無碍には扱えなかったのだろう。


「環境も最悪で、厩舎も荒れ放題、練兵場も雑草だらけで」

「厩舎の掃除も雑草取りもお前等がやればいいじゃないか? 何でサラがいないと出来ないんだ?」


 すかさずライデンがツッコミを入れた。

 厩舎の掃除も練兵場の草取りも殆ど私がやっていた。騎士団では訓練の一環として掃除などの労務も義務づけられている。

 しかしあの頃の白狼騎士団は、身分の高い貴族子弟が多かったから、普段使用人がするようなことを自分達がするなどあり得ないと思っていた。

 だから女という理由であらゆる雑務を私に押しつけていた。


「掃除役としてサラに戻って来て欲しいのか?」


 ジロッと睨み付けるライデンに、ダニールは慌てて首を横に振った。


「ち、違う……!! 俺はその……ただサラに戻って来て欲しいだけだ。リーベル隊長がいた頃の白狼騎士団は本当に楽しかったから……特にサラ、君と話をしていた時は、俺にとって唯一の安らぎだった」

「……」


 その時、会場にワルツの曲が響き渡る。バークル男爵の合図で楽団たちが演奏を始めたのだ。

 主役が不在のまま、舞踏会が始まった。

 本来ならダニールとアニタナが楽しそうにダンスを踊っていたのだろうな。

 客達が踊る光景を見詰めながらダニールは話を続ける。


「今の隊長は実戦の時ずっとサラにフォローされていたことに気づいていなかった。だから実力に見合わない魔物と戦って大怪我をして、それが原因で今は病の床にある」


 そういえば隊長が背後から魔物に襲われそうになっていたのを何度か助けたことがあったな。

 あの人、隙だらけだったから。それに隊長の取り巻きも魔物に押され気味だったから何度か助けていた。 後で余計な事をするな、自分が倒す予定だったって怒られたけれど。


「あんなにサラのことを馬鹿にしていた連中は、その時になってようやくサラの重要性に気づいて、サラに戻って来て欲しいという手紙を何度もマノリウス家に出していた。悉くマノリウス家に突き返されていたけど」


 騎士団からの手紙、一度読んだことがあったけれど、もの凄く横柄な手紙だった。

 お前には勿体ない程の名誉ある職務を沢山与えてやるから戻ってくるように、という感じの内容だった。

 一緒になって読んでいたハイネルが怒って、丸めた手紙を暖炉に放り投げたんだっけ。

 それから何度かマノリウス家に手紙は届いたらしいが、ハイネルは悉く騎士団に突き返していたそうだ。


「俺がもっと強く君を引き留めていれば……俺にとっても君はかけがえのない人だった」

「苦楽を共にした仲間だったからな」

「いや、仲間以上の気持ちだ。今日、着飾った君を見てますます好きになった。もっと早く自分の気持ちに気づいていたら……」

「……」



 そんなことを言われても全く信じられなかった。

 彼はアニタナに夢中だった筈だ。

 二人して私を嘲笑していたくせに。

 ダニールは辛そうに目を伏せ、苦しげな声で告白をしてきた。


「本当に馬鹿だった。アニタナに言い寄られていい気になって浮かれて……君が去ってから自分の本当の気持ちに気づいたんだ」

「……」


 ダニールはあの時のことを酷く後悔しているみたいだった。

 けれども、ダニールが私を好きだったなんて、やはり信じられなかった。

 その時私の前にライデンが盾の如く立ちはだかりダニールを睨んだ。

 

「もっと早く気づいても、サラがあんたを好きになることはない」

「……分かっている」


 ライデンにハッキリと言われてしまい、ダニールは自嘲した。

 もし白狼騎士団にいた時にダニールから想いを告白されたとしたら、私はどう答えていただろうか?

 アニタナとの一件がなかったら、その手を取っていたのか?

 しばらく考えていたけれど、どう考えてもダニールと恋人同士になる場面が想像できなかった。

 リーベル隊長がいた時の白狼騎士団は、騎士の仲間同士、軽口をたたき合ったり、笑い合ったりすることが多かった。本当にあの頃は楽しかったと思う。ダニールはそんな騎士仲間の一人だったのだ。


「ダニール、あなたは私にとって良い戦友だった」

「良い戦友、か」

「白狼騎士団に戻ることはもうない。手紙を書いた者達にも伝えておいて欲しい。私には勿体ないくらいの名誉ある職務なのであれば、何も私じゃなくても良いだろう? と」

「は……それはどういう……あいつら、サラにどんな内容で手紙を送ったんだ!?」


 どうもダニールは手紙の内容については知らなかったらしい。

 彼はリーベル隊長がいた頃の白狼騎士団に戻って欲しくて、私を誘ったみたいだけど、身分が問われないはずの騎士団内で、平然と人を見下すような人達が幅を利かせている限りは難しいだろう。

 ダニールは私達に一礼をしてから、苛立たしげな様子で足早に会場を立ち去っていった。

 私に手紙を書いた人達に会いに行くのかもしれないな。

 

 

 一方客達は、使用人に連れられて退場したアニタナについて、ひそひそと囁き合っていた。


「まぁ、アニタナ嬢は見境がないのかしら?」

「サラ嬢のパートナーであるライデン公子に、自分のエスコートをするように頼むなんて」

「いくらダニール公子が勝負に負けたからといって、あれはないだろう?」



 エスコートしてくれている男性に帰るように言い、他の女性のパートナーに色目を使おうとしているアニタナの行動は、その場にいる客人達にかなり不快感を与えたようだ。

 パーティーの主役だからといって何でも許されるわけではない。

 程なくしてバークル男爵が私達の元にやってきて、娘の暴言を謝罪した。

 私達は男爵の謝罪を受け取り、挨拶をすませてから誕生パーティーの会場を後にしたのだった。

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