第11話 ライデン対ダニール

ダニールがその時私の方を見た。


「サラ、どうか俺との戦いを見守っていて欲しい」

「はぁ?」

「俺はお前のために勝つ」


 力強く宣言するダニール。

 白い歯を見せ爽やかな笑みを向けてくる元仲間に、私は怪訝な表情を浮かべた。

 

「何で私に言うんだ? それはアニタナに言う台詞だろう?」

「あ、ああ。そうだった。うっかりしていた」


 うっかりしすぎではないのか? 

 どう考えても誕生会の主役であり、パートナーであるアニタナに言わなきゃいけない台詞ではないか。

 しかしアニタナはあまり気にしていないみたいだった。というより、聞いていないみたいだ。

 彼女はライデンの方ばかりをひたすら見詰めていた。


 ◇◆◇


 急遽、二人の騎士の剣技披露となったアニタナの誕生舞踏会。

 中庭にある芝生の広場の真ん中に立ったライデンとダニールが向かい合う。

 使用される剣は殺傷能力のない試合用の剣だ。

 審判役の青年貴族が手を挙げると、二人は同時に構えた。


 お互いの様子を見ているのか、二人はしばらくの間じっと構えている。

 相手の隙を窺っている様子だが、互いに隙を見せる様子はない。

 経験の浅い新人ならしびれを切らし、向こう見ずに挑みかかる傾向があるが、ライデンはその点では冷静だ。

 ダニールは舌打ちをしてから先に動いた。

 彼も実戦の経験は豊富だ。経験値はライデンを上回るだろう。

 だけど、ライデンにはその経験値を凌駕する力と技量がある。

 振り下ろしたダニールの剣を受け止め押し返したライデン。

 蹌踉めいたダニールの隙を見逃さず、今度はライデンが剣を振り下ろした。

 それを受け止めるダニールだが、圧倒的な力を前に押し返すことも、受け流すことも出来ない。

 更に連続で斬り掛かるライデンの剣を何とか受け止めるが、その表情は苦しそうだ。

 本当に強くなったな。ライデン。

 最後に手合わせした時は互角だったけれど、あれからまた強くなったみたいだ。

 新人騎士に押され気味なダニールを見ていた人々は、ひそひそと囁き合う。


「ダニール公子は確か最強と謳われた白狼騎士団の一人じゃなかったか?」

「白狼騎士団が最強だったのは、ケンリック=マノリウス閣下が隊長だった頃さ。今の隊長になってからは完全に弱体化しちまった」

「隊長が気に入らない隊員を解雇に追い込むからだろう? 確かエルシア子爵令嬢もその一人だった筈」


 

 貴族の噂によると、白狼騎士団の現隊長は魔物との戦いで負傷し、その傷が原因で病にかかっているらしい。

 白狼騎士団は弱体化に拍車がかかり、解散の危機にあるのだとか。

 ダニールは白狼騎士団に残っている数少ない実力者の一人だが、今は完全にライデンに押されている。ダニールが弱いわけではなく、ライデンが強すぎるのだ。

 勝負がついたのは二十分が経過した頃。

 ついにライデンの剣を受け止めきれなくなったダニールが、持っている剣を離してしまった。

 剣は地面に落ちてしまい、ダニールがそれを拾い上げる前にライデンが眉間に剣を突きつけたのだった。


「…………やっぱり、あんた弱かったんだな」

「……」



 ライデンは勝負を挑んできた時点で、ダニールが私のことを凶暴女だと言った張本人だと分かったのだろう。

 ダニールは何も言い返せずに俯いていた。

 ふと隣にいるアニタナが小さな声で呟いた。


「……ダニールより、ライデンの方がいいわ」


 私は思わず耳を疑う。

 アニタナはライデンの元に駆け寄ると、両手を組み、目を輝かせて言った。


「私の為に勝負をしてくださってありがとうございます! ここから先は私のエスコートをお願いします」


 ライデンに向かって手を差し出すアニタナ。

 ダニールは信じられないものを見る目でアニタナを見ていた。


「私はまだライデン様とお話がしたいわ。サラについてもっとお話したいの」


 私について何を話そうというのだ? あること、ないことをライデンに吹き込むような気がする。

 すました笑みを浮かべるアニタナにライデンは冷ややかな声で一言。

 

「俺はあんたと話したくない」

「そんな……」


 冷たくあしらわれ、目を潤ませるアニタナ。

 そして両手で顔を覆いしくしく泣き始めるが……ライデン、女の涙が全く通用しないのか、顔色一つ変えていない。

 それどころか、ぷいっとそっぽを向いて一言。


「泣き真似で人を従わせようとする人間は嫌いだ」


 ライデンの言葉に、アニタナは両手で目を覆ったまま、悔しげに口元を歪める。

 

「あまりライデン公子を困らせるな」


 ダニールはそんなアニタナの肩を抱き、この場から離れるよう促すが、アニタナは激しくかぶりを振る。

 

「……ダニールはもう帰って!!」

「は? ど、どういうことだ!? アニタナ」

「私はライデンがいいの! あなたにはもう用はないわ!」

「な、何なんだ、それは!?」



 あまりにも信じがたいアニタナの言葉にダニールが思わず声を上げる。

 うん……声を上げたくなるのも無理はない。

 先ほどまであんなに仲良く会場入りしたのに、いきなり用無し宣言されてしまったのだから。

 アニタナは同情するような口調でライデンに言った。


「ライデン様は上司のケンリック様に命令されて仕方なくサラのエスコートをしていたのでしょう?」

「無礼なことを言うな。さっきも言っただろう? 俺自身がサラのエスコートを望んだって」

「そんな嘘を言わなくてもいいのよ。その女のどこがいいわけ?」


 今まではいとも簡単に男性の心を自分のものにしていたアニタナにとって、ライデンの言葉や反応は信じられないようだった。

 ライデンは私の手を取り、手の甲に口づけてからアニタナの質問に答えた。


「理由はごく単純だ。外見も内面も、サラ程美しい女性を俺は知らない」

「嘘言わないで。そんなわけないわ」

「不敬極まりないな。俺を嘘つき呼ばわりするとは」


 ライデンの低い声に、ダニールは顔を蒼白にし、慌ててアニタナの手を引く。

 アニタナは振りほどこうとするが、ダニールはその手を離さなかった。


「離して! ダニール」

「馬鹿!! ストリーヴ家を敵に回すつもりか!? 少しは頭を冷やすんだ!!」


 ライデンの実家、ストリーヴ家はリーベル家と親戚だ。そのリーベル家は王家と深い繋がりがある。

 ストリーヴ家を敵に回すということは、下手をしたら王家を敵に回すことにもなりかねないのだ。

 しかしアニタナはそんなダニールの忠告を聞かずにさらに言った。


「ライデン様、あなたは知らないのよ!! サラという女の恐ろしさを……その女は何人もの敵兵や魔物を殺してきた悪鬼のような女なのよ!?」

「お前はこれ以上喋るな!! ……おい、アニタナを部屋に連れて行ってやってくれ」


 ダニールは苦々しい表情で側に控えるバークル家の使用人に言った。

 使用人は戸惑っていたが、一部始終を見ていたであろうバークル男爵が大きな溜め息をついてから一つ頷いたので、彼らはアニタナを宥めながら部屋へ戻るよう促すのであった。

 

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